サイエンスとサピエンス

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腎臓の糸球体における足細胞

 1922年森鷗外は腎機能障害で亡くなった。享年60歳。病名は腎萎縮。軍医だったプライドもあってか自己診断して、もう治療するなとして泰然自若として死を迎えた。

腎臓の主機能を果たす糸球体は脳細胞と同じく、再生不能であり、徐々に壊れていく。

60歳をこえると急速に減り始めるのだそうな。

 なんでも国内の慢性腎疾患の患者数は1300万人、そして人工透析を受けている人は30万人なのだそうだ。森鴎外も透析を受ければ、あるいは永らえたかもしれない。

 10年後、スイスの解剖学者ツィメルマンは1933年に腎臓の糸球体に特異な細胞を見つけ、メサンギウム細胞と名付けた。それを構成する三種の細胞の一つはその形状からタコ足細胞と日本の医者は呼んでいる。

 彼の記述した細胞はそんなの嘘だろと同時代人には信じてもらえなかったという。

たしかに光学顕微鏡による彼の描写はおどろおどろしく、禍々しい。

   

   坂井健雄『腎臓のはなし』よりZimmermann 1933

 同時代の科学者たちは自分の顕微鏡と染色法ではツィメルマンの発見を再現できなかったわけだ。この手の現象は先端科学ではよく起きる。この場合はツィメルマンが正しかった。

 電子顕微鏡で観察しても、その異形はうなづける。タンパク質の濾過機能を担うのは足突起の基底膜であるというのが1998年にわかったそうだ。

 

  足細胞の現在の姿  『電子顕微鏡でわかったこと』ブルーバックスより

 

 in vivoでは再生不能のタコ足細胞の培養に成功したというニュースが、2017年の新潟大学の「腎臓のタコ足細胞を培養で再現することに成功」という記事だ。

www.med.niigata-u.ac.jp

 

【参考文献】

養老先生の弟子による腎臓本。腎臓病予防には直接繋がらないけれど、無駄のない構成で学問的によく出来ている。

 

 隠れた名著なのだが、あまり書評をみかけない。人体の細胞の諸様態が素晴らしい絵入りで紹介されている。医学史の副読本にもなる。