繁文縟礼 は人間界の煩瑣で形式的な規則と修飾に満ちた社会活動へのネガティブな表現である。
最近は、それを代行して人間様の貴重な時間を節約してくれるのが、スマホとパソコンである。私信や送金や買い物まで容易になんでも出来る高信頼のネットワークサービスなわけだ。
そこで行き交うデータを覗いてみると、通信のデータ自体に繫文縟礼が埋め込まれていることに気付く。通信プロトコルに信頼性と外部漏洩防止と安全性の繫文縟礼が埋め込まれている。
自己が自己であることの証明、相手先にも同じことを確かめる。データそのものが正しいことの証明。悪意のないデータであることは相手側の検閲を得なくてはならない。それはセキュリティ対策として必要になっているわけだし、同様に外部漏洩を防ぐための暗号化という手順も両者が合意した条件を満たすことになる。
アプリケーションにおいてもほぼ同じことが繰り返されるだろう。
信を通じて、その真なることを相互に信じるための手続きが通信内容の大きな部分になっている。
その恩恵はいつでもどこでもサービスや情報を受けたり、提供したりできることだ。
それは日付変更線や国境を跨っている。その代わりに人びとはそのターミナルポイントとしてワイヤードされていなくてはならない。
マンフォードのメガマシンの歯車よりはちょっとだけマシかもしれない。