サイエンスとサピエンス

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戦前戦後の日本数学の光芒

 はじめにデュドネの本の引用

20世紀には世界大戦,革命が数学の諸学派に大きな変転をもたらした. さまざまな異なった政治的,社会的条件の国々で説明し難い出来事が起きている.それまで国際的に名の知られた数学者がいなかったソ連ポーランドに1914年から1918年の第一次世界大戦後,突然に第一級の数学者が輩出した.

1939年から1945年の第二次大戦後の日本でも同様の現象が見られたが,硬直し貧困な高等教育が原因となって,多くの優れた数学者がアメリカに流出してしまった.

 デュドネブルバキ派の数学者であり、引用元の『人間精神の名誉のために』は1987年に出された数学の一級の啓発書です。

 ポーランド数学がすごい時期があったのは事実ですが、日本はそれと比べてどうよ、と感じてしまいがち。

 伊藤清の確率微分方程式

 岡清の多変数関数論 ハルトークスの逆問題の解決

 角谷静夫不動点定理

 掛谷宗一は掛谷問題で名を残した

 中山正の環論、福原 満洲雄の微分方程式論などなど

 

 因みに、ブルバキ派のクロード・シュバレーは1953年に家族を伴なって日本に滞在し、旧帝国大学で教鞭をとった。働き盛りである一流数学者がフランスから日本に来るなんてのは、よほどの酔狂な日本好きであったのでしょう。これは斎藤正彦が報告しています。