サイエンスとサピエンス

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がん細胞の特徴とその意味

 21世紀の今日、がん研究は医薬品の研究費の最大の費目であり、おそらくは20世紀後半から人類の英知を傾けて集中的な原因の解明と治療法の開発を行ってきた。
 その結果はどうなのか?

 治療法の解明はほマズマズの前進を続けてきた。これは早期発見による治療法の貢献が大きい。5年生存率の改善などが目ぼしい結果だ。
 しかし、いかなる部位のがんの再発なしに完治できるかというとそういうわけでもない。
今のところ、先進国の死因としての新生物=腫瘍はジワリジワリと増えてきている。
 すべてのがんへの特効薬や抜本的な治療法はない、というのが実情のようだ。
原因についてはがん遺伝子の特定という大きな進歩があった。
それがどのように腫瘍となるかについては、6個の特徴というのがある。

1)限界のない自己増殖能力
2)増殖抑制因子の無視(がん抑制遺伝子)
3)細胞の自己破壊の回避(アポトーシス回避)
4)テロメアカウンターの無効化
5)がん組織を養う血管構築能力
6)転移能力

以上をまとめた2000年に『Cell』にバナハンとワインバーグが発表された論文が「単クローン説」となって定説になっているそうだ。
6個の各特徴を潰すような治療法を血眼になって研究者は探し回ってきたとも言える。

しかもなお、新たながん細胞の特徴が明らかになってきたという。
正常細胞を隷属化して腫瘍に奉仕させる「がん微小環境」の形成、メチル基が遺伝子に結合することで
DNA自体が変化せずともがん遺伝子が動きだすエピジェネティックな効果(ストレスや食物のような外部環境でがん化が進むことを示唆)、それにがんの幹細胞説だ。自分自身を無限に再生する能力をもつのが幹細胞だが、がん細胞との性質の類似性を指摘したものだ。未分化細胞に戻ることで「不死性」を獲得してしまう。
 その不死性は自己本位な増殖能力を伴うために暴走しだしたら宿主を殺すまで止まらない、というわけだ。

 要するに、DNAの欠損や変異だけでがん細胞が生まれるでのはないのだ。
がん細胞の特徴はあまりに錯綜しているので、多くの研究者たちはその全貌がつかめなくなっているとも指摘される。

 高度に複雑で巧妙極まりない遺伝子とタンパク質の相互作用と環境の変動に生きている正常細胞の活動のなかにがん化する機縁は表裏一体にぴっちりとはめ込まれているのだ。
 抗がん剤はそれを断ち切ろうとするがゆえに、重篤な副作用がつきまとい、やがては効かなくなる。

 腫瘍は正常細胞を食い尽くしながらその宿主と共倒れになる。つまりは、がんは有害な突然変異でしかない。
 このような有害な遺伝子がDNAにはめ込まれているのはなぜ、なのか?
自然淘汰で消え去るのが普通ではないか?
 想像を逞しくすれば、長生きするための正常細胞の突然変異、不死化細胞への失敗が起きているのかも
あるいは個体を除去するための種社会的なアポトーシスなのかもしれない。
 皮肉な見方をすれば、社会から余分な個体を排除するための巧妙なメカニズムというべきか。
真実は誰も知らないのだ。


【参考文献】
 2010年代の癌研究の最新の科学的なノンフィクションはちょっと見当たらないようだ。やはり出版物不況の結果の不作なのだろう。

 医師であるシッダールタ・ムカジーのこの著書はよく出来たノンフィクションだが、最新の学説をまとめているわけではない。アメリカを中心にした過去の研究史はよくわかる。

病の皇帝「がん」に挑む ― 人類4000年の苦闘 上

病の皇帝「がん」に挑む ― 人類4000年の苦闘 上

病の皇帝「がん」に挑む ―  人類4000年の苦闘 下

病の皇帝「がん」に挑む ― 人類4000年の苦闘 下

 自身もがん患者となった立花隆の力作。自分の頭と足で調べるパワーは大したものだ。どうやら彼の調査は
上記のハナハンとワインバーグの論文をなそって情報収集しているようだな。