サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

空間の知

 場所をギリシア語でトポスという。かつて中村雄二郎が「トポスの知」を論じていたが、アリストテレスが論理学を創造した最初の書籍が「トピカ」だった。西田幾多郎が晩年に到達したのは「場所の論理」だった。
 トピックスというのも語源はトポスなのであろう。
 レストランでの注文はテーブルに、ホテルの経費は部屋に関連ずけられる。図書館の書籍は場所により配架され、電子データはディスク上に配置されている。
 知識はなぜか場所を必要とする。
 我らの知識は場所にまとわりつく。どこに何があったか、は生きていくうえで不可欠な記憶である。人の仕事もそうした空間との相関でなされる。必要な情報はどの場所にあるかを知ることに仕事のノウハウがある。
 フランセス・イェイツが『記憶術』で解明したように西洋の知のあり方は「場所」と切り離せないものであった。それ故にグローバル化した現代において西洋学芸のインフラが知の体系的場所を提供しているのだろう。
 デジタル化された情報はいつどこからでも直接引き出される。図書館や資料室に赴かねば取得できなかった情報が、手元で調べることができる。これは知と場所の連関を弱めているようにも見える。これは紙という物理媒体から切り離されたからだ。紙というメディアも十分に役に立つ技術であった。正確に情報を複製し伝達普及させる有効な手段だった。見方をかえるとデジタル化とネットワーク化はこれを何千倍何万倍とスピードアップしただけである。
 索引やカタログなどを検索エンジンに置き換えただけなのだと極言もできるかもしれない。
デジタル化した情報、知ははるかかなたのデータセンターにある。電子化された目と手がそれらを探し出し提示してくれるだけなのだ。そして、データセンターの無数の記憶媒体という場所のなかに圧縮ビットとしての知がひしめいているのだ。