サイエンスとサピエンス

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ナンシー・クレス『ベガーズ・イン・スペイン』のアメリカ

女流SF作家がいきなりヒューゴー賞ネビュラ賞スタージョン記念賞を総なめにするのは、珍しいかもしれない。そのSF作家とはナンシー・クレスだ。
 それほどまでに、ナンシー・クレスのこの『ベガーズ・イン・スペイン』が投げかけている問は、アメリカ人に深く刺さったに違いない。
 そうそう、日本人である私もそう思う。

 クレスの小説に描かれた無眠にして不老、高い知性を遺伝子改変で獲得した「新人類」は、90年代のアメリカ社会では高度医療サービスの優先顧客としてのスーパーリッチのメタファーだ。
 当時、ゲノム解読ですぐに手が届くとされていた医療テクノロジーの効能書きを列挙したにすぎないのだ。その一部は実現されたものもあるかもしれない。

 たいがいのSFファンやSF作家は中産階級に属する。経済的余裕があまりないけど知識と教育はある階層だ。クレスのメファーは即座にアメリカのSFファンに了解されたと思う。
 ヴォークトの『スラン』やスタージョンの『人間以上』では、正義は新人類側にあった。進歩=正義の古き良き時代のサブリミナル・イデオロギーだ。
 ここでは違う。事態はもっと複雑である。
 かつてのアメリカSFは明るかった。悪を描いても楽しく稚気にあふれたワルばかりだった。ここにきてSFも暗い世界が、ディック的ペシミズムが主流になりつつあるような感じがする。
 本題ネタではないが、ケンゾー・ヤガイという世界を変えた日本人発明家&思想家も登場するのが楽しい。その発明であるYエネルギーって、円のパワーかなあ。
 有眠人たちは主人公ら「新人類」を嫉妬する、畏れるが故に迫害を始める。主人公らは自分らの「要塞エリア」を築いて対抗する。
 アメリカのスーパーリッチが要塞町に集団居住しているのは、マスメディアでも報じていた。単なる金持ちは尊敬されるが、テクノロジーで能力増強された遺伝子リッチには敵意が起こる。普通の人々の不公平感が増大するというのはありそうな気がする。
 クレスが能力格差社会の不幸を肉親愛をおりまぜながら描ききっているところはさすがだ。
 ベガーズ・イン・スペインはスペインの乞食へ何人にコインを渡せば足りるかという意味だが、オランダ人が16世紀の独立戦争のときにスペイン人に「ベガーズ」と嘲られたことも係り受けとしてあるのかもしれない。


ベガーズ・イン・スペイン (ハヤカワ文庫SF)

ベガーズ・イン・スペイン (ハヤカワ文庫SF)