サイエンスとサピエンス

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ジョナサン・スウィフトの凄さ

 英文学者としての夏目漱石が一目も二目もおいた作家というとジョナサン・スウィフトに指を折る事になろう。
彼の東大での英文学講義録『文学評論』でスウィフトに最大のページを割いているのがその証拠だ。高い芸術性の評価というのではないかもしれないが、その想像力と物語性、そして、独創性に高い関心を示したのだと思う。
 大和ピープルにはあるまじき才幹と感じたのだろう。漱石先生が、美文や壮麗な文学には興味を示さず、痛罵と皮肉と空想力の作家スウィフトに関心を示したのは考えさせるものがありはせぬか?

 その理由は、スウィフトが一癖も二癖もある人物だったこともあろうけど、やはりアイルランドの窮境を最大限の風刺をもって論じた『貧困児処理の控えめな提案』に心底驚きいったためではないか。スウィフト自身アイルランド系であるのは留意しておこう。
 アイルランド人民の貧困と飢餓を救うには、彼らを赤ん坊のうちに塩漬けにして食べるのが一番だとする食人による救貧を大マジ目に記したパンフレットである。
 こんな醜怪な風刺と表現はとうてい草食系日本人の発想がなしうるものではないと漱石先生も、その精神的な血すじを引く中野好夫(東大英文科卒)も、そう感じたのだろう。
 中野好夫はわざわざ『スウィフト考』を岩波新書で出している。そしてこの食人によるアイルランド貧困撲滅を章をわけて論じている。万人向けの新書でスウィフトの奇っ怪な毒を宣伝・推奨している。

 スウィフトというと『ガリヴァー旅行記』が有名である。子供向け小説と侮るなかれ。これも相当なミザントロープ(人間嫌い)文学だ。
 Yahooはこの小説で登場する。Yahoo(ヤフー)とは唾棄すべき不潔な人間族のことだ。
 天空の国ラピュタ*1にあるラガド大学の研究題目はどれもこれも人を喰ったようなものばかりだし、馬の国では人(ヤフー)を最低の動物として完膚なきまでに描いてみせる。糞の記事でもヤフーが引き合いに出されるのはご愛嬌だ。
 こうした悪たれ作家の影響が『吾輩は猫である』にも及んでいるのは多分に確かなことであろう。また、USの学生ベンチャー起業家が自社の名前に採用しそうな気配を漂わせている。
 アメリカにはビアスがおり、イギリスにはスウィフトがいた。日本には...今東光芥川龍之介かなあ、あまり該当者はいない感じ。活動的な人間嫌いなんてのは日本の小説家には不向きなんだろうか。

奴婢訓 (岩波文庫)

奴婢訓 (岩波文庫)

 アイルランド赤ん坊のレシピの話は本書で読める。

この奴婢訓は非正規社員の必読書であろう。このような読替えが可能だ。

 ・ミスをしたときは、必ずふくれっ面をせよ。そうすれば上司が気を使う。
 ・会社のソンなどはどうでも良いから、常に「お客様」の味方になれ。ホントは自分の都合であってもお客様のためと言い張れば勝つ。
 ・上司がもし一度でもなにかの間違いで諸君を冤罪で叱ったら、しめたもの。二度目以降は冤罪でなくともこの間違いの話をすればいい。
 ・上司が誰かを呼んで当人がいなくとも代わりなどすべきではない。そんなことをすれば諸君の勤めにきりがなくなるからである。
 ・契約外のことは絶対するな。ケガや病気になったら元も子もない。上司が命じたら、契約書のどこに書いてあるのかと聞き返せ。
 ・交通経路は自分の負荷を減らす路線で申請せよ。バスは一区間でも使え。遅刻したらバスの遅延のせいにできる
 ・正社員のヘマは必ずメモっておけ。自分のミスを指摘されたら他の社員のヘマを言い立てて自分を正当化すること
 ・正規社員は会社の飼い犬と思えばいい。では自分はといえば、孤高の一匹狼だ。
 ・昼食は派遣先の社員食堂を使うな。正社員しか優遇していないし、飯もマズイから。それに食堂の食物で自分の肉体を維持するのは「一匹狼」らしくない
 ・派遣先の規則は形式だけ尊重せよ。自分を守るためだけに規則をまもれというココロだ。
 ・派遣先の備品は最大限利用せよ。一例:電力は自宅用に充電器経由で持ち帰れ。もし、文句言われたら自宅での業務連絡用に必要だと言い張ればいい。大体において、そんなミミッチイこという正規社員は飼い犬28号だという眼差しを照射するに限る


 上の奴婢訓の現代語版が出た。タイトルは『召使い心得』か。『明日の見えない「非正規社員のココロガケ」』がほしいのになあ。
 「仕事の責任は正社員に押しつけよ」みたいのが二十あるだけでだいぶ、気が晴れるぞ。アイルランド赤ん坊のレシピの話は本書にも収録されている。

召使心得 他四篇 (平凡社ライブラリー)

召使心得 他四篇 (平凡社ライブラリー)


 夏目先生の講義録は今読んでも楽しい。やはり文豪である。今の英文学者先生の講義は重箱の隅をつつく内容のものが多くて門外漢にはチンプンカンプンだが、『文学講義』にはそんなことはない。
下巻にスウィフトの章がある。

文学評論〈上〉 (岩波文庫)

文学評論〈上〉 (岩波文庫)

文学論〈下〉 (岩波文庫)

文学論〈下〉 (岩波文庫)

 中野好夫岩波新書は図書館でかりてよんでおこう。

スウィフト考 (1969年) (岩波新書)

スウィフト考 (1969年) (岩波新書)

※ラガド大学出身の有名人としてはメイトリックス博士(マーチン・ガードナーの友人)がいる。

*1:ラピュタを天空の城と崇拝の対象にするのは方違えというものだ