サイエンスとサピエンス

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ひょうたん山のお穴さま

 庶民って面白い。明治期になってからも愚昧な迷信でから騒ぎを演じている。それでも、永井荷風が喝破したように、それに郷愁を感じるのは人のならいだ。
 駒岡山のお穴さまもその一つ。明治時代に岩窟神社なるものが大繁盛したのだそうだ。
横浜市鶴見区の住宅街の一角に眠る「瓢箪山遺蹟」の石碑がその記念碑だという。

 明治40年ごろ流行り始め,最盛期には鶴見川にはお穴さま詣での人たちを運ぶ蒸気船も運行され,京浜急行の支線を駒岡まで延長しようという計画まであったそうですが,そのうちに熱も冷め,お参りに来る人が少なくなりました。

                    「鶴見の歴史 」より

 その瓢箪山遺蹟はたかだか2mほどの穴だったそうな。
 駒岡という地名は馬の放牧地を連想させる。古代武蔵の豪族が河岸を見下ろす丘で放牧していた風景が想像される。その族長が瓢箪山のわきに墓穴をつくり永久の眠りについたのだろう。

 ところで、お穴さまについては、江見水蔭の愉快な記録があるのだ。これらのいずれに参照がないのが不思議なくらいだ。

大評判の怪窟※[#感嘆符三つ、262-10]それは、東京と横濱との中間で、川崎かはさきからも鶴見からも一里り足たらずの處ところである。神奈川縣橘樹郡旭村大字駒岡村瓢簟山の東面部に其怪窟はある。
 發見はつけんしたのは、明治めいぢ四十年ねん四月ぐわつの四日かで、それは埋立工事うめたてこうじに用もちゐる爲ために、山やまの土つちを土方どかたが掘取ほりとらうとして、偶然ぐうぜんに其怪窟そのくわいくつを掘當ほりあてたのであるが、窟いはやの中なかから人骨じんこつや武器ぶきや玉類たまるゐや土器等どきなどが出でたので以もつて、圖はがらず迷信家めいしんかの信仰心しんこうしんを喚起よびおこし、或あるひは又また山師輩やましはいの乘じやうずる處ところとなつて、忽たちまちの間うちに評判ひやうばん大評判おほひやうばん『お穴樣』と呼よび『岩窟神社』と唱となへ、參詣人さんけいにん引ひきも切きらず。日ひに何なん千人にん、時ときとしては何萬人と數かずへられ、お賽錢さいせんだけでも日ひに何なん百圓ゑんといふ揚あがり高だかで、それに連つれて今いままでは寂さびしかつた田舍道ゐなかみち[#ルビの「ゐなかみち」は底本では「ゐなかみつ」]に、軒のきを並ならべる茶店ちやみせやら賣店ばいてんやら、これも新築しんちく三百餘軒に達たつしたとは、實に驚おどろくべき迷信の魔力

   青空文庫の『探檢實記 地中の秘密』を読まれると良いであろう。
  http://www.aozora.gr.jp/cards/000448/files/46185_47073.html


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