文化多様性は重要である。そういう意味で江戸期の日本数学=和算は独自の境地にあった。明治期に洋算に敗れるまでは。
その独自性は世界に冠たるものがあったと信じる。
はじめに中国数学に敬意を払っておこう。江戸時代初期まで日本数学は四則演算をたどたどしくなぞる程度であった。戦国大名は独自のロジスティクス計算をしていたらしいが、それも大陸由来の算木でだ。
安土桃山時代に変化が訪れる。先進国李氏朝鮮との接触(不幸な接触である文禄・慶長の役)があったのだ。この時代の大名である前田家のソロバンが発見されている。これまで発見された最古のソロバンだという。半島由来であろうか。
江戸期に入り「鎖国」になり安定した時代になると和算が芽生える。その高みは同時代の西洋数学には負ける。もちろん負ける。西洋数学はギリシア数学という途轍もない基盤があったのだから。
しかし、独自性があった。
和算は、ヨーロッパ起原の数学(=洋算)と独立に近代まで発展をしていた唯一の数学体系であろう。この鎖国期に、行列式や高次方程式や立体幾何の高度な問題に関する独自な解法を編み出した。もちろん、洋算の体系性や微積分には及ばなかったけれど。
そして、だ。
「読み書きソロバン」と標語化されるほど、武士や町民にいたるまで計算術がひろく普及してたのである。
重要なことは、同時代で比較して、初等数学の庶民への普及ではおそらく世界一だということだ。
中国(清朝)や朝鮮はおろか、西洋先進国においてもこの点では勝っている。底辺が厚かったからこそ、関や建部などが輩出し、独自の次元を開拓できたのだろう。
その底辺層の厚みこそが日本の強みになっていったと思うのだ。
しかも、それが寺社信仰と結びつき算額奉納という宗教的儀礼となることに、わけもなく感涙してしまうのは自分だけであろう。もちろん算額奉納は成果の公表の場であり、自慢や宣伝の手段という近代的な意図もあったであろう。だが、古代ギリシア人がオリンピックで優勝するとその栄誉を感謝するために神殿に自分たちの記念物を奉納したというのと類似性を感じる。
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このベストセラーでも渋谷の金王八幡社の算額に渋川春海が感銘を受けることから和算がライトモチーフとなる。
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