サイエンスとサピエンス

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金沢城のヒキガエル

 『金沢城ヒキガエル』はヒキガエルの集団の興亡が描かれた生態学の研究書である。金沢城の本丸という比較的周囲の環境から隔絶した境界内でヒキガエルの個体識別と観察を9年間続けた記録でもある。
 その数、実に1526匹。
 副題の「競争なき社会に生きる」が筆者が京大学派の今西錦司的な棲み分けの影響を受けているのを暗示しているようだ。奥野良之助氏は京都大卒でもある。
 このカエルたちは他を押しのけもせず、ノウノウと暑い時は夏眠を、積雪の冬には冬眠をするだけである。筆者によれば9年間、ただの一度もカエル同志の争いを見たことがないそうだ。4月の繁殖期を除けば賢者のように生存しているかの如くだ。
 この書の面白みはカエルたちへの心情移入にある。

ヒキガエル負けるな、良之助これにあり

 三本足だったり、方向音痴だったり、メスに巡り会えなかったり、季節違いに表にでてきたりといった何匹かの個性的なカエルにエールを送っている。

 それでもカエルたちは9年後には城内から姿を消した。不思議なことに全数観察をした集団は消滅することが多いそうだ。生態学的知とは対象を滅ぼすことなのだろうか?