ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』(イタリア語原題:Il Nome della Rosa)を原作とする同名の映画(1986年)があって、その最後のシーンでは舞台となる修道院の図書館が炎上する。
その図書館がこのミステリーの原因ともなっていた。
汗牛充棟と中国では部屋いっぱいの書籍を表現する。
汗牛充棟の修道院の図書館には無数の写本が所狭しと収蔵されている。稀書も多く、とくに他にはない古典ギリシアの写本がその修道院の自慢であった。アリストテレスの「詩学」の失われた章がミステリーを解く鍵になる。
このようなボルヘス的な図書館は自分の夢のなかの光景でもある。さる読書家(ボルヘスだったような)が指摘するように本の背表紙が無数に並んでいると幻想的な気分になる。
それが本好きの証しでもあろう。優れた図書館には賢者の魂が睡眠から醒めるのを待っている。そういったのはエマソンだった。
しかしながら、書架の整理がいきわっているとその幻想の力は弱まる。発見の少ない新刊ばかりの書店は、だから幻想の場所とはなりえない。同様にインターネットも真っさらな出来立ての情報が無機的に行進する量産品の工場でしかない。
現世では図書の幻想的な集積地は二種類しかない。膨大な書籍が散漫に押し込めれた個人の蔵書か、さもなくば巨大な古書店である。
その後者の典型例として、東京町田市にある「高原書店」を例示しておこう。
三階建てコンクリート建築の各フロアには無秩序さが忍び込んだ膨大な書籍が稀書珍書を含めて、埋もれている。階段のわきや廊下にはみ出してきた本が平積みになっている。図書分類とは似て非なる分類の各部屋ごとに古い不揃いの蔵書が迷い込んだ客を見下ろしている。
まさに、ボルヘス的幻想の場所と言えなくもないのだ。
「バベルの図書館」はこのなかの一篇。エーコはボルヘスへのオマージュとして『薔薇の名前』を書いたのかもしれない。
- 作者: J.L.ボルヘス,鼓直
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1993/11/16
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『薔薇の名前』映画の予告編