20世紀の驚くべき兄妹として、アンドレ・ヴェイユとシモーヌ・ヴェイユを思い浮かべる人は多かろう。
このユダヤ系フランス人の素描をしておく。
兄は天才数学者で、数論における飛び抜けた業績は著名である。戦後間もない頃、日光で開催された国際会議で、日本の若手数学者を勇気づけたことでも人気がある。
その妹は刺激的な現代の思想家として、やはり欧米と日本の一時期に、注目された女性である。
二人は現代におけるパスカルであるという軽い比喩を主張しておきたい。
兄はその天分を若い頃から発揮しており、「パスカル」に例えられていたという事実がある。妹はどうか?
シモーヌの思考には『工場日記』がその原点にある。師のアランの教えから離れ、マルクス主義に接近する。けれども、マルクス主義は当時の流行であったので、それよりは数学との関連の思考がユニークだ。
シモーヌは機械工場で働き、その経験をベースに次のような主張をする。
労働と幾何学のあいだにある類似性を指弾する。
数学を知らない労働者にとって、機械は神秘的な存在となる
その結果、機械は労働者の主人になり、人は奴隷になる
理解できなくもない主張ではある。
シモーヌの代数への敵意がムキ出しとなる部分もある。ある時期、兄には劣等感を抱いていたと言われている。
やがて、アシジの聖堂で神秘体験を得た彼女はキリスト教神秘主義に傾斜してゆく。
ついには、戦中のロンドンでシモーヌは殉教者さながらの死を遂げる。
というわけで、パスカルにおいては一つに統合されていた幾何学の精神は、アンドレの代数幾何学の才幹に対応し、『パンセ』に現れたようなキリスト教への深い没入は
シモーヌの信仰に照応する。
二人は、幼少年期はともかく、晩年はすれ違いだったと思われる。アンドレ・ヴェイユの『自伝』では妹について触れることは少ない。とくにシモーヌの思想と行動については口を閉ざしたままであったのだ。
この兄妹、現代における「分裂したパスカル」にふさわしくないだろうか?
珍しいことに、この二人のライフヒストリーが出た。
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『工場日記』は工場で働く人はぜひ手にとって読んでみてほしい書物だ。
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