サイエンスとサピエンス

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リチウムイオン二次電池の開発の小史

 携帯電話やスマホの普及、それにノートPCなどで長寿命で安定したバッテリー(二次電池)が求められるようになっている。電気自動車もそれに続いて市場で売れだせば、二次電池の重要性はますます高まる。
 再生可能エネルギーの最大の弱点をカバーするためにも高効率な二次電池が必要とされる。ドイツの再生可能エネルギー政策の欠陥とされるのが、電力供給の需給ギャップである。最大需要時に再生可能エネルギーはそれを満たすことができないため、石炭などの火力発電で補うはめになる。ドイツの電力会社は4つとも経営状態が最悪レベルといわれている。また、再生可能エネルギーは蓄電できない。天候や風向きに左右される気ままなエネルギー供給なのだ。それを補うのが高密度化可能なバッテリーシステムであるのは確かだろう。

 次世代バッテリーの開発で最有力なのはリチウムイオン二次電池である。ほぼ本命といっていいだろう。
その開発前史は意外に長い。
 1976年エクソンのM Stanley Whittingham が金属リチウム二次電池を発明した。負極に金属リチウムを用い,正極にはふっ化黒鉛である。しかしながら、金属リチウムは強い還元剤であり,水と激しく反応して水素ガスを発生するなどきわめて不安定である。
 リチウムイオン二次電池の概念と商品化に先鞭をつけたのは日本のメーカーと研究者であった。リチウムイオン二次電池の最大の特徴は何度でも充放電できる長寿命である。

正負極とも充放電においてその構造は変化せず,リチウムイオンが挿入脱離できる材料を用いているので(ただし結晶格子は挿入脱離に際し膨張収縮する),格段に長寿命のサイクル特性を有するとともに,金属リチウムを用いないので,安全性も飛躍的に高まっている(清山哲郎)

 そうはいっても、過充電で有機溶媒が分解してガス爆発を起こしやすいとか、過放電のための保護回路が必要だとかいろんな注意が必要だし、メモリー効果がないとかいっても充放電が10000回を超えるものは殆どないなど問題はある。
 それでも他の蓄電池に比べたらブレークスルー的イノベーションだった。この原型の開発には日本人研究者が多大な貢献をする。命名者は吉野彰博士である。

 そして、幸いにもリチウムイオン二次電池の技術開発力とシェアは日本がトップクラスである。今のところは、だ。中国と韓国の急速なキャッチアップがあるし、アメリカも2000年台になってからオバマ政権のグリーンエコノミーにより二次電池への投資を強化している。ジョン・B・グッドイナフ博士という電極材料の第一人者という猛者がいるのだ。
 SONYが商品化したのが最初であることを誇りとしてもいいだろう。旭化成旭硝子東芝などの大企業、それに日本電池信越化学工業など様々な中堅製造業の厚みもある。
 だが、アメリカの研究開発力は侮れない。そもそも基本アイデアは米英が生み出した。リチウム電池NASAが1960年台に実用化している。
 そして、その開発パワーの源泉は世界中から集まる優秀な頭脳である。インド、南アフリカ、モロッコ、韓国、中国からアメリカでの研究を目指して続々留学してくるのだ。
 スティーブ・レヴィンによれば、こうだ。

 アメリカで電池に携わる有力研究者は、...スタンフォード大の崔は中国出身で、バークレーのスリニバサンはインド、MITのチャン・イェトミンは台湾、スージー・クマールのチームは全員インド人...


 だが、このような留学生パワーが炸裂する一方で、アメリカ人自身はこうした材料科学研究に秀でた人材が少ないというのも事実だ。どうも他の技術分野と違い材料系はすぐに儲けにならないというのが大きな理由らしい。あるいは物質的ハングリー精神がアメリカ人自体からは失われているのかもしれない。IT分野(ソフト面)はもちろんそうではないが、ほこりまみれな地味な研究は避けるようになっているのではないだろうか。
 かつてスティーブ・ジョブズ連邦政府からアメリカ人の雇用を要請されたが、エンジニアが十分集まらないと反撃したそうだ。今、日本での材料や電気などの本来的工学部の疲弊状況はアメリカの二の舞いを演じつつあることを暗示しているのは憂慮されるべきだ。

 スピネル構造の電極を発明したサッカリー南アフリカ出身だった(グッドイナフ研究室)。その技術をGMが取り入れた。これには複雑な鍔迫り合いがあった。エンビア・システムズというスージー・クマールなどのインド人エンジニアが設立したスタートアップ企業がGMに食い込んだのだ。
 GMのシボレー・ボルトが鳴り物入りの電気自動車として登場した時にはほぼ全米的な技術的バックアップ体制で二次電池を開発したが、結局のところ韓国のLG電機が生産を受け持っている。

 面白いことにエンビア・システムズは失速し(重要な部品に信越化学工業の素材を流用していた)、GMの電気自動車もテスラ・モーターズにお株を奪われてしまったようだ。どうもアメリカの二次電池研究は中国や韓国、台湾と日本の技術力に追いつけていないというのが実態らしい。

 リチウムイオン二次電池の発明を担うのはジョン・グッドイナフ、西美緒、ラシド・ヤザミ、吉野彰の4名だというのは2014年のチャールズ・スターク・ドレイパー賞受賞が証明している。ジョン・グッドイナフはリチウム電池草創期の人物であり、現代的な意味での発明者は西美緒、ラシド・ヤザミ、吉野彰の三名ということなのだろう。この三名は非アメリカンである。ラシド・ヤザミは国立ナンヤン理工大学(シンガポール)の教授でモロッコ人である。ちなみに、西博士はSONYでの商品化の立役者だ。
 1922年生まれのグッドイナフが亡くなると3名になりノーベル化学賞の可能性が高まることだろう。受賞者は3名がリミットなのだ。
 どうだろう、あと二三年以内に西美緒、吉野彰の両氏が受賞するのに賭けようではないか。


【参考資料】
リチウムイオン二次電池についてコンパクトに情報取得できる本であるがちょっと古い。

リチウムイオン二次電池―材料と応用

リチウムイオン二次電池―材料と応用

 アメリカのアルゴンヌ国立研究所中心にアメリカの二次電池研究の内幕を暴露している。電池に関してはグリーン・エコノミーはかなり絵空事に終わろうとしているようだ。

バッテリーウォーズ 次世代電池開発競争の最前線

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 2011年にグリーン・エコノミーの理念を要約した本。理念と現実の差はもうそろそろハッキリしてきているようだ。アメリカのシェールガス革命やドイツの再生可能エネルギー事情が番狂わせだったわけだ。 

グリーン・エコノミー - 脱原発と温暖化対策の経済学 (中公新書 2115)

グリーン・エコノミー - 脱原発と温暖化対策の経済学 (中公新書 2115)