サイエンスとサピエンス

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理系と文系の対比についてのメモ

 日本特有の二分法として「理系」と「文系」の対比がある。人や専門の分類、学歴の区分、考え方やライフスタイルまで至るところに顔を覗かせる。
 自分などが推測するに、その原点にはC.P.スノーの『2つの文化と科学革命』がある。20世紀半ばにイギリス人科学者のスノーが文化人(文系知識人だろう)をやんわりと嘲弄するために導き入れた、口頭諮問がその本体だ。

 失礼してWIKIから孫引きするとその下りはこうだ。

私はよく(伝統文化のレベルからいって)教育の高い人たちの会合に出席したが、彼らは科学者の無学について不信を表明することにたいへん趣味をもっていた。どうにもこらえきれなくなった私は、彼らのうち何人が、熱力学の第二法則について説明できるかを訊ねた。答えは冷ややかなものであり、否定的でもあった。私は「あなたはシェイクスピアのものを何か読んだことがあるか」というのと同等な科学上の質問をしたわけである。もっと簡単な質問「質量、あるいは加速度とは何か」(これは、「君は読むことができるか」というのと同等な科学上の質問である)をしたら、私が彼らと同じことばを語っていると感じた人は、その教養の高い人びとの十人中の一人ほどもいなかっただろうと、現在思っている。このように現代の物理学の偉大な体系は進んでいて、西欧のもっとも賢明な人びとの多くは物理学にたいしていわば新石器時代の祖先なみの洞察しかもっていないのである

「物理学にたいしていわば新石器時代の祖先なみの洞察」というあたりは、科学者の意味のない優越感、つまり半世紀前のサイエンス・ウォーズの趣きがある。
 この本が国際的にも話題を呼び、舶来ものが好きな日本でも早速、シェークスピア熱力学第二法則かが連発された時代、古き良き時代があった。それがもとで理系と文系の仕切りが生まれたのだ。
 ただし、口頭諮問の部分としては有名なところは2つの文化のスペクトルがあって、次の2つにyesと回答できる人間が少ない(スノーはシェークスピアを読んでたのだろうけど)というところだ。

 1a)シェークスピアを知っている
 2a)熱力学第二法則を知っている

この文章はかなり意図的に歪曲しているのは意味がある。「知っている」とは何を指すかがどうも不明瞭なのだ。それを同格に表現した。
 シェークスピアについて、質と量を分解してみよう。

1b)(戯曲を最低1編は)原語(英語)で読み、理解している
1c)(何語であれ)全集を読んだ

 こうなると1C)の意味で達成している文化人はかなり減少する。スノーだって無理だろう。
熱力学第二法則はもっと始末に終えない。

2b)(エントロピーを)理解できる
2c)カルノーサイクル等からエントロピーの状態量を説明/証明できる

そもそもエントロピーが何かを説明できるかどうか。専門の物理屋ですら難しい。あのノイマンすらシャノンの情報理論の評価でそれに類したことを言っているくらいだ。2cができても、エントロピーが何かを説明できるだろうか。つまり、これらを達成している理系はかなり少ない。
 早い話、スノーのシェークスピア熱力学第二法則は面白おかしい喩え話でしかないのだろう。
理系と文系の区分けは、シェークスピア熱力学第二法則の理解ではない。自分の定義では専門とする論文に数式があるか、数式がないか、それだけだと思う。
 つまり、定量化された測定可能な学か、定性的研究、ナラティブな学かがより妥当な区切りだとしておこう。そうすれば心理学や経済学も安心して立ち位置を見いだせるだろう。

ちなみに、理系と文系の対比は日本独自であるというのは識者の認めるところだが、そのオリジンはスノーだという人はいない。WIKIの「文系と理系」によればこうだ。

太田次郎は、文系と理系の区別について、「おそらくその起源は、旧制高校の制度にあると思われる」と述べた

 この発言は昭和56年に出ているので、昭和後期からそれが認識されてきたのだろう。高校の進路指導で理系か文系かという二項対立が提示されるというのが根拠である。かなりもっともらしく響く説であるが、深みがない。なぜ、それが始まったのか、については今ひとつの感じがする。

 せめて太平洋戦争での学徒出陣で理科と文科の差別が国民に焼き付けられたとか言ってくれれば、なるほどとも思うのだが。

学徒出陣の対象となったのは主に帝国大学令及び大学令による大学(旧制大学)・高等学校令による高等学校(旧制高等学校)・専門学校令による専門学校(旧制専門学校)などの高等教育機関に在籍する文科系学生であった。

二つの文化と科学革命 (始まりの本)

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学徒出陣―戦争と青春 (歴史文化ライブラリー)

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