このほど(2017年7月)国書刊行会のスタニスワフ・レム・コレクション全六巻が完結した。このポーランド人ほどの傑出したSF的知性の持ち主は多分、ただ一人H.G.ウエルズが比肩できるだけだろうと個人的に思う。ウェルズの後継者と目された科学万能主義的なA.C.クラークも到達しそこなった境地にレムはあったといえる。
彼の作品はどれもが形而上学的であり文明論的であり、科学的知性とユーモアに富んだ佳品が多い。おおむね娯楽的SF小説とは一線を画しているのでなかろうか。
異質な文明や存在とのコンタクトがお互いの理解ではなく、不毛なすれ違いに終わる、そんな状況を幾度となく描いてきた。『無敵』『ソラリス』『エデン』『大失敗』...。その不毛な対話や不条理な遭遇という物語に強大なロシアとドイツに侵略されてきたポーランドの歴史を重ねることもできる。
この稀代の作家も2006年にこの世を去った。極東の日本の新聞記事にはなった。
東欧のポーランドというヨーロッパの目立たない国で一人のSF作家がなくなったことは、あまり話題になることもなく、よほどのSFファンでないかぎり記憶にも残っていないことであろう。享年87歳だった。
それはともかく、完結したレム・コレクションの沼野充義氏の後書きは心に刻むものが何程かあった。
少々、引用しておこう。
沼野氏が2005年ポーランド版レム全集の完結を記念して開催されたワルシャワの「国際レム会議(!)」で『レムは一人でそのすべてである』というスピーチを行った。
会議の劈頭を飾る極東の島国からの大学教授ということでの名誉な式辞というわけだ。ポーランド人は親日的であるのも影響はしていよう。
すでに高齢であったレムは立ち上がり、ふかぶかとお辞儀をしたと沼野氏は報告している。氏は胸が熱くなるのを覚えた。
それが氏がレムを目にした最後だった。
それだけのエピソードだが、すでに死期を間近に控えた高齢のレムが日本人のスピーチを多としたことは感慨深いものがあるのだ。
ただ、このレム・コレクションに寄せた推薦文は、日本人に寄せた感想というよりは編者の好みに対するものだろう。
収められた著作のタイトルを眺めると日本の読者は世界でも最も成熟した、意識の高い読者ではないかという印象を持ちます。
残念ながら、このコレクションからはあの泰平ヨン・シリーズの秀作がモレモレなのではないだろうか。それはレムの成熟した作品ではなかもしれないが、しかし、レムしか創造しえない世界がそこにあったのだ。
それにしても、この六巻の完結ででSFが熱かった一時代が終わった気もする。
- 作者: スタニスワフレム,Stanislaw Lem,関口時正
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ピルクスが奇妙な終末を迎えるレムの最後の長編。異文明とのファーストにしてラストコンタクトである。
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レムの墓所と肖像と著作が流れるだけのTributesだ。