サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

化学者の幻想的小説

 クロスオーバーな才能ってのには妙に惹かれる。とくに文系と理系のクロスオーバーというのには目がない。
プリーモ・レーヴィという化学者で小説家がいたのを知ったのは昨年あたりだ。ユダヤ系イタリア人でアウシュビッツ経験もある。
 作品も『形の欠陥』とか『周期律表』とか風変わりだ。でもストレーガ賞とかカンピエッロ文学賞とか栄誉を受けても、彼の投身自殺を止めることはできなかった。そういう点でパヴェーゼに似通っている。
 「天使の蝶」は綺羅びやかさとはほど遠いが天使への綱渡りに失敗した化学者のお話しだ。それをネオテニー幼形成熟)というパスを伝って獲得しようした道化的人物のリアリズム小説だ。この設定だけで普通の文学者とかけ離れた精神であるのが予兆されるというものだ。
 その失敗の残骸は蛆とゴミと腐敗臭に満ちた混沌のアパートに残されていた。四人の実験台と四羽の醜い病的な猛禽がその成果だったようだ。物語りはそこで寸断される..。
 これだけのストーリーから後に取り残された読者は何を読み取るかが問題だ。
それから「ビテュニアの検閲制度」はレム的な寓話。この「猛成苔」もそうだ。
 ほぼ同世代のイタロ・カルビィーノとの類似性もあるが、レービィの小説には「軽さ」がなく「重み」、それも救いようのない重みだけがズッシリと残るのだ。

 レービィが『莊子』を読んだとしたら、そして「荘周夢に胡蝶となる」に共鳴したら、もう少し長生きできたかもしれない。カルビィーノがあの「文学講義」で説いた「軽さ」があれば、もっと解き放たれただろうと思う。

天使の蝶 (光文社古典新訳文庫)

天使の蝶 (光文社古典新訳文庫)

カルヴィーノ アメリカ講義――新たな千年紀のための六つのメモ (岩波文庫)

カルヴィーノ アメリカ講義――新たな千年紀のための六つのメモ (岩波文庫)