巨大事故の単純化された説明はしばしば誤った教訓を残す
1986年のチャレンジャー号の悲劇的な事故調査の結末で、あのファインマンが演じた役割がそれに等しいものだった。
CNN, Feynman and the Challenger disaster
卓越した物理学者ファインマンは説明の天才でもあった。不幸にして、この場合は悪い教訓を残してしまったようだ。
印象的なこのニュースの結果として、人々の記憶に残ったのは、次のシナリオであろう。
「ゴム製のOリングがフロリダの異常な寒さのせいで燃料漏れを止められなかった。NASAの専門家と管理者はその可能性を知っていたのに発射を延期させなかった」
実際のところは、スペースシャトルの運用現場で起きていたことは、もっと錯綜したものだった。
ブースター製造元のサイオコール社はNASAの高い信頼性と耐性への厳しい要求仕様に対して、幾度となく設計変更や試験を繰り返していた。実はチャレンジャー号ではその要求仕様を満たしたという決着に至っていなかったらしい。
Oリングが嵌っているブースターの接合部は見かけより複雑であり、ブースター点火後に接合部は厳密にどのような状態になっているかを客観的に判定するデータは限定されていた。Oリングは一周11.6mで断面は6mmである。打ち上げ時に高圧ガスからの圧力が作用するが、わずか数秒間の最高圧がかかる瞬間の隙間がどのようになるかを裏付ける試験データがなかったことになる(両者が認めるデータということだ)
言い換えるならテスト仕様に関して、NASAとサイオコール社では見解の相違があったのだ。
発射決定にいたる3時間ものテレビ会議でも両者はこの点について議論を続けていた。実はこの議事録からは延期を養成するサイオコールの技術者とNASAの担当者で判断が逆転しているのだ。
打ち上げ時の寒気がリングの不具合を起こすとするサイオコールの主張に対して、 NASAはサイオコールの過去の試験結果(より低い温度でもOリングは機能していたいう試験結果)との矛盾を指摘する。かくして、サイオコールの言い分は認められず、お互いの不信感で幕切れとなり、発射決定となったわけだ。
高エネルギーを扱う複雑な人工物を運用する現場では個々の担当者のあいだでは結論の折り合いがつかず、正しい判断ができない事態が、おりおり起きる。いわゆる想定外の状況だ。それは、つい先ごろまで上手く運用できていたとしても、必ず直面するのだ。あのファインマンのニュース解説は一般市民には分かりやすい。だが、きわめて不適切な教訓を残したのだと言える。
【参考文献】
上記ではかなり端折って説明したが、詳細なケーススタディはこの書籍の第2章を読まれたい。著者によれば、後知恵でこの事故は回避できたはずだ、と物知り顔で指摘するのは認知バイアスなのだそうだ。
これはもうメディアのご意見番や評論家の十八番だといえる。