哲学者、木田元が『今の社会は大変に興味深い時代です。何しろ起こるはずがないと考えていたことが次々と起こるのですから』と語ったのは2008年のこと。
木田元は『偶然性と運命』でその問題に取り組んでいたから、そういう問いかけができたのだろう。その問いの元祖はハイデガーであろう。
木田の探求したハイデガー哲学。その『技術への問い』もそれを裏付ける抽象度の高い設問だった。
リーマン・ショックは金融工学の前提を突き崩した。サブプライムローン破綻はその金融商品の統計的手法を否定した。
なぜなら、起き得ないはずの破綻だったからだ。
東日本大震災と福島第一原発放射能汚染のリンケージ発生もそうだ。マグニチュード9という稀な規模の地震と津波が、安全工学の粋を凝らした原子炉を破壊した。
もともと原子炉とは安全工学の手順で何重にも防護策を施してそれが破壊される確率を極小化しているはずの工業製品であったはずだ。
今年はなんとか平安裏に暮れつつあるが、珍しき自然界の事件が多かった。
まずは、気象。
列島の豪雨の降水量やフィリピンのレイテ島への台風30号規模もありえないほどの極大量だった。ガンベルの極値統計モデルの更新が頻発したはずだ。
そういえば、ロシアの白昼の隕石インパクトも比肩する事件は有史以降ない。小笠原諸島の西之島近くでの火山島発生も珍事であろう。
こうして起こりえないことを考えるべき時代が21世紀なのだと思いながら、統計学の趨勢を鑑みる。
すると、面白い現象が見受けられるのである。
統計学のパラダイムシフト。
かいつまんでいうと頻度主義から主観主義への転換ということになろうか。フィッシャーとネイマンからベイジアンへの移行ともいえようか。
ベイジアンは起こりえないことを評価するのに向いている。保険会社は先鞭をつけた。損保会社はそうした兆候を捉えて、評価をいち早く行う任務があるからだ。
有名な例がある(参考文献にある)。
20世紀の中頃、大量の海外旅行=飛行機時代の到来前にその二重衝突を計量化できたのベイジアン統計学である。
起こりえないスパムメールとは到底言えないものの、一通一通はスパムとはいえないはずである。しかし、ベイジアン統計はそれを嗅ぎつけることができる。これはメーラーに実装されている。
90年代には頻度主義の通常統計学からベイジアン統計への緩やかな権限移譲が起きたとされる。
そして、21世紀。
「9.11」や「3.11」で稀な出来事に目覚まされた人類は、すべからくベイジアンにならざるを得ない。
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実は、「これまでの毎日」が「これからの毎日」ではないだろうという思考は科学哲学で20世紀初頭には定着していたようだ。それを体系化したのはポパー卿であろう。
いわゆる反証主義だ。ただ、それだけでは時代変化のダイナミズムをモデル化できない。クーンの「科学革命」が補完を行うことになる。
考えられないことを考える、ことを奨励したのはファイヤアーベントだろうか。目前に起きていないことを真に別な観点で考えることこそ、科学的に考えることなのだと。思考の慣性を破壊せよ、それが真の科学的思考だというわけだ。
つまり、ベイジアンであることはファイヤアーベント的に考えることとなろう。
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