ナチ・ドイツ出現以前のドイツ・オーストリア文化圏は空前絶後の高みにあったというのが相場観だ。
ナチはユダヤ人を排除した。その結果、ワイマール文化は自死した。亡命ユダヤ人はアメリカ合衆国の勃興に手を貸した。
もともと、ドイツにおいてはユダヤ系民族はほとんど同族といっても過言ではないくらい文化的に溶け込んでいた。
ハイネやメンデルスゾーンなどがいい例だろう。
20世紀で関心をひくのが、フロイト→ユング フッサール→ハイデガー、それにヒルベルト→ワイルのゲルマン=ユダヤの師資相承の分裂の事例だろう。
精神分析、現象学、純粋数学で発生した分裂はお互いに比較してみる価値があると思う。
フロイトの先祖はチェコからウィーンへ移住した東欧系ユダヤ人だ。その子孫フロイトはオーストリアでユダヤ人に開かれた数少ない出世の道として医者を志した。彼はその診察で上流階級にはびこるノイローゼに直面する。
こうして無意識という未知の領域をフロイトは切り開くことになる。ユングはその申し子としてフロイトの愛弟子であった。
ドイツ人としての毛並みの良さは言うまでもない。フロイトはユングに精神分析学の正当な後継者となることを期待した。
フッサールにおいても同様な状況だった。フッサールにより生み出された事物そのものを扱う現象学。ハイデガーはその現象学の申し子とされた。ユダヤ人の創始者とドイツ人の弟子というペアだ。フライベルク大学の後継ポストを明け渡した。
この2ケースとも弟子は異なる道を歩み、師匠の業績を軽視もしくは単なる土台としてだけ利用する方向を選択することになる。
数学で発生した分裂はもう少しだけ、マイルドなものだった。数学基礎論でヒルベルトは公理主義を唱えた。その一番弟子のヘルマン・ワイルは直観主義を選ぶことで師匠を失望させた。しかし、お互いの尊敬と友情は損なわれはしなかったようだ。
ヒルベルトはドイツ人。ダビッドという名前がユダヤ的な響きがある。ワイルは
ヘルマンというドイツ的な名前のユダヤ人だ。
ワイルはナチから逃れてアメリカ合衆国のプリンストン高等研究所に落ち着く。
人文科学というのは創造性がある人格の人間は個性が強く、民族性もある程度それを増強しているのではないだろうか。自然科学は、その扱う内容が堅固な基盤にあるので学問の内容がそれぞれの性格により大きくぶれないのだろう。
数学基礎論の論争は結局、当時のままだがすべてを包含する形式に落ち着いた。
精神分析学の流れは多くの分派を生み、そのままだ。現象学は、フッサールのものだけが現象学となっている。ハイデガーはそれとは血筋の異なる「存在論」の王者になったといえる。
ドイツ文化におけるゲルマン系とユダヤ系の3つの対峙は、いずれも20世紀の学問形成を揺るがす大イベントであった。この後、数学も哲学も精神分析学もアメリカ大陸に流入することになる。
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