ハイゼンベルクは晩年期の回顧的著書『部分と全体』で、自分がその創出に一役買った量子力学と素粒子論を総括しているのは、よく知られている。
究極の物質の理論は、ハイゼンベルクからすれば、デモクリトスの原子論よりはプラトンの自然哲学に近いという。プラトンが『ティマイオス』で説いた正多面体による自然原理の神話的解釈こそが、素粒子理論に似ているというのはありそうな話だ。
素人的に言うならば、正多面体群はクォークを語るときに用いる回転群と親戚筋だろうから。アイソスピンを考えだしたハイゼンベルクならではの卓見というべきだろう。
ちなみに、かの松岡正剛氏すら「千夜一千冊」でそこまでは言及していない。
その一方、波動力学を生み出したシュレディンガーは『自然とギリシア人』という講演を1948年に行っている。
この中ではシュレディンガーはピュタゴラス学派とデモクリトス、とくに後者に尋常ならざる敬意を払っている。古代アトミストの思想は生物の構造まで突き詰めていて、「生物の身体のなかにあるすべての原子の振る舞いは、自然の法則によって決定」されるとしていた。
シュレディンガーはその他にも、デモクリトスが無限小を理解していたことや、原子の永久運動と慣性法則などに驚嘆している。以前、このブログに書いたようにデモクリトスの数理能力は高く、円錐の体積を正しく導出していた。
ハイゼンベルクとシュレディンガーのギリシア哲学への評価の差は、両人の自然科学への業績の差にそのままつながっているように思える。
ハイゼンベルクは行列力学や不確定性原理で不連続性やブラックボックス的な物質イメージを追い求めだ。量子電磁気学は離散的な時空での光子交換をもとにパウリと初期的なモデルを打ち立てた。S行列や原物質の理論などもそうだろう。
シュレディンガーは古典的な発想で量子力学にアプローチした。最後までコペンハーゲン解釈に反対したのはその古典的な連続的自然観のためかもしれない。そして、『生命とは何か』でデモクリトスと同じ「生物の身体のなかにあるすべての原子の振る舞いは、自然の法則によって決定」されるアプローチを行い、分子生物学に道筋をつけた。
結局のところ、素粒子論はハイゼンベルク自然観ともシュレディンガー自然観とも異なる不可思議な数理モデルでしか記述できないようだ。
それでも、両巨人の開拓した王道の延長にあることは間違いないだろう。
【参考資料】
偉大な出会いか。ハイゼンベルクの時代のドイツはすざまじい知的英雄時代であった。ちなみに、ハイゼンベルクの親は古典学者であった。
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