この科学史的、あるいはエセ科学史的疑問はイギリスで産業革命が起きたのに、その科学的な基礎法則である熱力学の法則はフランスとドイツでほぼ発見されたことに関する疑念をあえて、表現してみたまでのこと。
熱力学の法則を思い出してみよう。
第一法則 エネルギー保存則。とくに力学的仕事と熱の相互変換が19世紀には大きな問題であった。なにしろ「熱素」なる正体不明の元素の存在があったのだ。
熱が仕事から生まれるのはランフォード泊(もとアメリカ人)により観察されていた。結局、エネルギー保存則という形に落ち着くのはマイヤーとヘルムホルツの業績だ。両者ともドイツ人だ。
このうち、マイヤーは医者であった。それもロマン主義哲学に浸された精神の持ち主とされる。熱帯での血液の色や北方での色よりも濃いことからエネルギー保存則の着想を得たとされる。つまり、きっかけは物理現象ではない。
エネルギーなる普遍量、それは熱にも力にもなる「不可解」な仮想的不変量を構想するのは、経験主義とニュートンに洗脳されたイギリスには生まれ得なかった。しかも、化学や生物現象にも共通に通用する普遍的な量なのだ。ニュートン主義者には論外というべきだろう。
ヘルムホルツとなると生理学と物理学を二股にかける天才ということになる。彼の名がつく物理学の定理は多い。
なぜか、第一法則はイギリスのジュールやケルビン卿によっては発見されなかった。とくに、ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は同時代の物理学を理論と実験、両方をまたにかけていた天才だ。ただし、「エネルギー」という名称と概念を普及せしめたのはケルビン卿であるけれど。
自分はその理由をイギリスの経験主義に帰する。観測できる物質ありき、それを離れての普遍的法則性を定式化でなかった。熱を運動とみなす素地も固まってイなかった。それはニュートンの影響とされている。熱は分子間の斥力として観念されていたらしい。
第二法則の最大の貢献者はサディ・カルノーだ。彼の業績は特異的であり時代に先駆けていた。30代にして世を去る。カルノーは山本義隆によりほぼ同時代のガロアに比較されている。ガロアもフランス人である。
いろいろな点で自暴自棄なガロアよりは恵まれていたのだが。
余談ついでにカルノーは後世のチューリングに似ている。ホモではなかったが、軍事的な関係の仕事についたことや比較的若くして亡くなった点は類似であるけど、その業績が仮想的な機械に基づいていることが最大の相似性だ。カルノーサイクルとチューリングマシンだ。
カルノーの『火の動力、および、この動力を発生させるに適した機関についての考察』で
ほとんど第二法則のぎりぎりのところまで独力でたどり着いた。熱はすべて仕事には変換しえない。その変換は温度の高低差により依存する。
ケルビン卿はこの書物から大きなヒントを得た。しかし、第一法則との矛盾に悩んだ。
第一法則は熱と仕事の「相互変換」を言っているのに、「第二法則」(カルノーは正確な定式化をしたわけではない)では、熱が仕事にすべて変換できないと言っているかのように読める。
この矛盾をあっさり解決したのが、またもやクラウジウスというドイツ人だった。エントロピーを明確に定義したのも彼だ。天才ケルビン卿ではなかったというのも妙味がある。
第三法則はネルンストというドイツ人が見出した。やはりドイツの工業技術が低温分野で発達していたことと無関係ではない。これも、なぜか発見場所はイギリスやアメリカではなかった。
【参考資料】
文字通りの名著。はたし、他国はこうした書物を持ちえているだろうか?
物理学的にも正しく鋭い記述が冴え渡るので、熱力学を見直す教科書にもなりえる。ただし、山本義隆はマイヤーを特徴付ける「形而上学的思弁」には何の価値も認めていない。
それでは片手落ちだというのが自分の意見だ。抽象的不変量を構想するには一種の自然哲学が不可欠だと思う。
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カルノーの原著はこちらから。
【Sadi Carnot『REFLECTIONS ON THE MOTIVE POWER OF HEAT』(原著英訳版)pdf】