サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

バラード世界を堪能できるタワーマンション

 今や、60階建ても珍しくないタワーマンション
 人気の理由は明らかだ。
 高層階から眺望や日当たりは抜群。視界を遮るものはなく地表を隔たって仙界に遊ぶ気分とまではいかないだろうが、世俗を離れた感じはするだろう。仕事や面倒なお付き合いとも精神的な距離を置ける。
 けれどもダークな側面がある。
 現代文明における社会技術的欠陥に関する各種参考情報をまとめていこう。
 あたかも一流企業の重役が高層階に自室を構えるが如く、高層階の住民は高さと社会的地位をいつの間にか同一視するようになる。
 もちろん、それには経済的理由もある。マンションの分譲費用は階高に比例するようになっているからだ。
 自分より下層階の住民を軽視する傾向を仮に「階高カースト制度」と呼んでおこう。勝手な造語ではない。数年前からタワマンをあげつらうネタになっているのだ。
 そもそも、投資目的もあってタワーマンションを購入するのだ。とうぜん、経済格差に敏感な人びとが住民になる。似たような価値観の持ち主たちのスノッブセンサーは格差という情報に鋭敏に反応するだろう。
 階が高い住民ほどセレブなのだ。身も蓋もない身分のピラミッドの礎石に組み込まれたってことだ。
 つまりは、経済的な格差というものを巨大建造物のヒエラルキーとして見える化したのが「タワーマンション」という社会的構築物というわけ。ピケティ理論の一望的可視化がタワーマンションの階高格差なのだ。
 これを鋭く風刺した小説は1970年にすでに出されていた。イギリスの作家J.G.バラードの『ハイライズ』だ。
 居住階高による階級闘争がこのフィクションではリアルに描かれる。人間の潜む社会病理の抉り出しであったが、その小説世界は現代日本にジャストフィットであるに違いない。
 低層ビルすらない郊外の商店街にこれ見よがしげに佇立する巨大なタワーは、どうみても不自然だ。
 淫祠邪教(いんしじゃきょう)の陽物シンボルにも見えてくる。地方自治体から浮き上がった毒キノコの化け物。あるいはビジネス街から離れたベッドタウンに出現したコロッサス(ゴヤの絵画)だ。
 周辺の住民とのコミュニティも何もあったものではないだろう。そういえば、『ハイライズ』でも周囲から孤絶した時に、高層ビルの住民の獣性と闘争があらわになっていった。あの『シン・ゴジラ』でも武蔵小杉のタワーマンションは破壊されたのには理由がある。何と言っても、その反自然性がむき出しなのだ。

 以上の論議(以下の議論も)は別に客観的な批判でもなんでもない。それはここで明言しておきます。
 たわいない、ただの世間話であります。
 タワーマンションのようなタイプの不動産を好んで購入した人たちについては、もっといろいろな価値観で物件をセレクトされているだろう。じゃによって、病理性うんぬんは譬え話程度で理解していただければそれで良い。

 自分的には超高層ビルのアンチエコロジー性と天災への不向きを指摘しておきたい。
 アンチエコロジーというのは、高層階の上下移動のエネルギー損失を指している。
確かに、生活維持の光熱費は普通のマンションと違いはないかもしれない。むしろ、夏日にはエアコン不要かもしれない(冬場の寒さは地表以上であるので差し引きゼロだろうけれど)
 しかし、位置エネルギーへ日々の浪費はなんとしても無視できない。自分の体重を地表から吊り上げ作業させている分だけではない。上水や食料といったものが100mも上に揚げられるのだ。
 100mというのは誇大的数値ではない。川崎の武蔵小杉のミッドスカイタワーや大阪の北浜タワーは200m近い高さを誇る。どれだけ電力を無駄にしているのだろう。かつてシカゴのシアーズタワーも同じ批判を浴びた。
 なんともエネルギーの垂れ流しではないか、と嘆きたくなるのが人情だ。

 天災対策にも難がある。みんなが論じている地震はそれなりに対策ができているので、ここではスキップしよう(実のところ、免震構造だとか当たり前対策では不十分だと言いたいのだが)
 強大化する暴風対策について、その風圧の高度依存性を指摘しておきたい。詳しくは大気境界層を参照してもらいたい。
 温暖化進行にともない台風などは強大化している。その風速は今後、ますます強まるであろう。最大風速75mの台風8号が以前やってきているが、風速75mは時速270キロであり、風速50mでも時速180キロ相当だ。
 さらに高層では風はもっと強まるのだ。高層階はこうした巨大台風の風圧に耐えられるのであろうか? 
 もちろん建物は耐えられると思う。しかし、窓ガラスはどうなのだろう? 
 200mにもなると地表の風速の1.4倍ほどにはなるのだ。どこかの部屋のガラスが砕ければ、風圧で内部の扉を立て続けにぶち破り、その階全体を強風が吹き抜けることになろう。ふたたびJ.G.バラードの悪夢のような『狂風世界』の再現だ。
 過大な風圧に耐えうる強化ガラスは重たくなる、それだけでもアンチエコロジーだと思う。
どだい、爛熟期の現代文明の生み出した「バベルの塔」とタワーマンションを蔑むような発言は不公平だという指摘はごもっともだ。
なぜ、なんとかヒルズのようやビジネス高層ビルを批判しないのか?
 理由は地価の高い場所に集合的に建てる高層ビルは経済的にもエコロジー的にも不合理性は低減されているからだ。
 人は定住していないのだ。オフィス街は衣食住を営む場所ではない。人の定住していない空洞的な場所は生活の場ではないならだ。
 生活空間を大地から隔離してしまうような人工物は有人宇宙船やICUのカプセルと同じく自然と対立するものだ。
 生命をはぐくむ大地からのかい離を体現した高層タワーマンションは、大都市の反自然性について思索したマックス・ピカートの鋭いきっ先が突きつけられているのだ。


気象災害を科学する (BERET SCIENCE)

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 『燃える世界』と『狂風世界』と合わせて、地球はバラードの予言した過酷な環境に近づいているのかもしれない。

狂風世界 (創元SF文庫)

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燃える世界 (創元SF文庫)

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シン・ゴジラ』のタワマン敵視は映画でじっくりと体感できよう。ムサコのタワマンが破壊されるのだ。

シン・ゴジラ

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