サイエンスとサピエンス

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ジョージ・ブールに始まる異能の人脈

 だいぶ昔になるけれど理系の訳本から、ジョージ・ブールに関わる面白い人脈を拾い出したことがあった。それを再掲する。
 始まりはブール代数でお馴染みのジョージ・ブールだ。この苦労人は商家の出という大英帝国(19世紀)の階級社会での格差にもめげず、大学教授の地位を独力で獲得した。そして、49歳という男盛りで急逝するまでに『思考の法則』という記号論理学の創設につながる代表作を残した。
 その名を冠したブール代数が今日のインターネット社会の基礎の一つであるのは半導体の回路や情報工学をかじった人ならご存知だろう。
 ベルの『数学を作った人々』を参照してもらえば、その偉業の一端は知れる。「完全な独立人」とベルは敬意をこめて、ブールを名付けた。

 そして、異能の人脈はこのブール家から始まる。
 ブール夫人はメアリー・エベレストであり、彼女はサー・ジョージ・エベレスト(エベレスト山の由来)という地理学者の姪であった。彼女は多産でブールとの間に5人の娘をもうけ、しかも、『ブールの心理学』なる教育向け書物を表したとベルが報告している。

 そのせいか、ブールの娘二人はそれぞれ奇妙な人生行路を歩む。

 3番目の娘アリシア・ブールはチャールズ・ハワード・ヒントンと結婚する。オックスフォード出身の数学者だ。それだけでは不思議でもなんでもないのだが、『科学的ロマンス集』で「四次元」についての論考を書いた。そればかりか、「御雇外国人」として明治の日本で教師となっている。その住居は横浜のフェリス女学院のそばだったという。

 末娘のエセル・ブールはE.L.ヴォイニッチの名で知られる小説家となった。実はエセルの代表作『あぶ』は翻訳がある。そのストーリーテラとしての才能は一流だと個人的に思うのだが日本や欧米では知名度は今ひとつのようだ。東欧圏で大人気だとマーチン・ガードナーは報じている。
 しかし、「ヴォイニッチ」にひっかかる人もいるのではないか?
そうヴォイニッチ写本の持ち主がエセルの夫である人なのだ。その人はウィルフリッド・ヴォイニッチポーランドの革命家だった。
 これこそ異能な人脈というべきではなかろうか?

 この話には続きもある。
20世紀後半の最大の幾何学者であるコクセター。彼の伝記『多面体と宇宙の謎にせまった幾何学者』でアリシア・ブール・ストットに再会することができるのだ。

 アリシア・ブール・ストット(一八六○年〜一九四○年)として広く知られていた彼より四七歳年上の(コクセターが一二、彼女が六八)主婦の幾何学者であり、多胞体の熱心なストットは、コクセターの親友のひとりになると同時に、数学の世界における魂の伴侶のひとりセターによれば、ストットは、一九○○年に発表した初めての著作で「ポリトープ(多胞体)」を導入した人物である。

 アリシアは4次元に関する数学的業績も残した。


一八八○年代に、ストットは4次元における六つの多胞体を再発見し、定規とコンパス、厚紙と塗料を使って、それらの多胞体の中心の断面の完全な模型をつくった。


 晩年のアリシアはヒントンの姓は捨てたようだ。実は重婚容疑をヒントンがかけられていたとされるのだ。しかし、ヒントンの影響もあり四次元幾何についての理解は深いものだったとM.ガードナーが書いていた。

 あまりにも早すぎた死だったが、ジョージ・ブールのDNAとミームは計り知れない影響力を及ぼしたわけである。


【参考資料】
 ベルの本が発端になる。

数学をつくった人びと 3 (ハヤカワ文庫 NF285)

数学をつくった人びと 3 (ハヤカワ文庫 NF285)

 博覧強記のボルヘスの書誌にもヒントンの来歴は出ていない。

科学的ロマンス集 (バベルの図書館 25)

科学的ロマンス集 (バベルの図書館 25)

 あいにく、自分の知人でこの小説を読んだ人には出会ったことがない。

あぶ (1981年) (講談社文庫)

あぶ (1981年) (講談社文庫)

 ヴォイニッチは稀覯本を取り扱っていた関係でこの写本を偶然に入手した。

ヴォイニッチ写本の謎

ヴォイニッチ写本の謎

 コクセターの伝記があること自体も異とするべきだろう。

多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者

多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者