アルビン・ロスはゲーム理論の応用で2012年ノーベル経済学賞を受けた。その代表的で社会貢献的な業績はマッチメイキングのアルゴリズムで腎臓移植を促進させたことだ。
臓器提供者(ドナー)と患者の間での腎臓移植をスムーズに行うには、様々な障害があった。ドナーの体質、臓器の鮮度や免疫適合、患者の体質、待機リストからの選定、オペレーションと外科医の手配、腎臓の円滑な移送などなど。
二組のマッチングだけでも複雑な手順が必要になるわけだが、Tayfun SonmezとUtku Unverといったトルコの共同研究者とともに実用的な手法を開発し、運用している。
さて、このような善意からの行為と研究は言うまでもなく賞賛にあたいするものなのだが、現実世界は皮肉な顔を持っていることを指摘しておきたい。
臓器移植の可能性を拡大させたのは拒絶反応を抑える免疫抑制剤の存在だ。この移植ペアの増大は免疫抑制剤を注入される患者の増大でもある。
実のところ、免疫で活躍するT細胞はがん細胞を駆逐する能力がある。免疫抑制剤はT細胞の活性を抑え込む。すなわち、むやみな臓器移植はがんの発生率を増やす可能性があるのだ。
自分の知人にも奥さんの腎臓移植をして数年後にガンになった60代の男性がいたりする(疫学的には何の証明でもないけれど)
ゲーム理論のような無機的な数字合わせで医療をアルゴリズム的に効率化しても、複雑な生き物はしたり顔でしっぺ返しをすると言えないだろうか。
あるいはノーベル経済学賞とノーベル医学生理学賞の相克といえなくもないかな。
【参考文献】
上記の腎移植プログラム開発の詳細は彼の本に詳しく書かれている。
免疫療法でノーベル賞を受賞した本庶佑(ほんじょ・たすく)の本。
経済学者の著者はノーベル経済学賞の多くの疑問符を突き付けている。