サイエンスとサピエンス

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がん細胞と現代文明の対比

 がん細胞もしくは悪性腫瘍が現代文明と似ている、というのは幾度も指摘されてきた。
もう今更の感も無きにしもあらずだが、2000年に『Cell』に載せられたバナハンとワインバーグ論文「がん細胞の特徴」から、やや深く細胞生態的かつ経済史的な類似性を追いかけてみよう。
 その6個の特徴は前回のブログ「がん細胞の特徴とその意味」でも取り上げている。あるいはこの分野の名著であるワインバーグの『がんの生物学』を参照してもいい。

1)限界のない自己増殖能力

2)増殖抑制因子の無視(がん抑制遺伝子)

3)細胞の自己破壊の回避(アポトーシス回避)

4)テロメアカウンターの無効化

5)がん組織を養う血管構築能力

6)転移能力

 近代文明の増殖する仕組みとして、コロニー=植民地化をとりあげて、対比してみようか。現地にヨーロッパ的な経済活動をそのまま持ち込み、人材と資源を同化&統治するやり方だ。日本は植民地化されなかった代わりに自律的に全システムの欧風化を試みただけで、行き着く先は同じようなものだ。

1)限界のない自己増殖能力
 近代西洋文明は地表の各地に西洋式の文明のコピーを持ち込んだ。石とモルタル造りの都市基盤、キリスト教、科学技術、政治体制、資本主義と金融、国際法知的所有権などだ。
 その範例を見習っていない地域は地球上に殆どない。

2)増殖抑制因子の無視
 異文明の存在を認めない。アメリカの東海岸に入植した西洋人はインディアンたちの存在を尊重する気配すらみせなかった。西に向けてひたすらにインディアン駆逐を行った。このような異文明を軽視する態度はまさに抑制因子の欠如ではないだろうか。それは異文明だけでなく、動植物にも及んだ。
 唐突だがシートンの傑作『狼王ロボ』は人間の侵略に立ち向かった反抗者の末期についての普遍的な物語りだった。土地の開発はほとんどモノカルチャー化による効率性追求という経済原理の帰結であり、それに抗うものは人も動物も容赦なく排除された。

3)細胞の自己破壊の回避
 自己革新あるいは改良能力による再活性化機能を西洋文明は薬籠中の物としていた。
政権交代、革命、組織の改革や刷新はお手のもの。これにより他の文明を容易く乗っ取ることができた。
清朝が康熙・雍正・乾隆のような名帝を出しても息が続かないのに対して、ヨーロッパの政体は競争的進化によって中国を圧倒することになる。
 権力の自己革新能力が顕著なのだろう。ニーアル・ファーガソン流に表現すれば「競争」による自己革新なのだ。

4)テロメアカウンターの無効化
 テロメアとは染色体の末端にあって細胞分裂を制御している部分だ。細胞老化を司る。がん化した染色体はテロメアを伸長修復させるテロメラーゼをがん細胞が勝手に作動させてしまうことで生じる。
 ヒーラ細胞という子宮がん細胞は宿主のヘンリエッタ・ラックスが1951年に死去しても世界の研究室で増殖し続けている。
 個人の寿命は医学の進歩で倍増した。政体も長持ちしているといえないか?
 憲法を頂点とする法治主義、それに三権分立による自己革新で西洋流の支配機構には寿命というものはない。アジアアフリカの権力装置は大半が有限な寿命の統治機構だ。
 例えば血縁ベースの王朝などとは異なる延命能力がある。「ネーション」という仮想体を打ち立てたのだ。より永続するという幻想をまとった実在しないはずの想像の共同体だ。


5)組織を養う血管構築能力
 コロニーは土地の資源と現地人をすべて同化、いや、隷属化して奉仕させるメカニズムに変容させてしまう。すべてを西洋文明の血肉に同化させる仕組みを作り上げた。オランダ人の身長が高くなったのはインドネシアを植民地化してからだとされる。

6)転移能力
 西洋文明は大航海時代以来、交通手段の発明については常に先陣を切ってきた。どこにでも一番乗りを誇りとするのがアドベンチャー精神として発揚された。
 陸上輸送のイノベーションはもちろん海洋だけではなく、空や宇宙についても彼らは移転先をたえず探し出そうとする。

以上の論が空論にならぬように、ニーアル・ファーガソンの『文明-西洋が覇権をとれた6つの真因-』を参照して整理しておこう。ファーガソンハーバード大歴史学者だ。
 彼の西洋の優位性の要因は次の6つの側面に要約される(もちろん単純化しているのは彼も承知だ)
①競争 
②科学
③所有権
④医学
⑤消費社会
⑥労働倫理

 これらは悪性腫瘍の特徴1)から6)までとどう対応しているだろうか?
簡単な説明とともに西洋文明=現代文明との類似性を突合してみよう。

1)限界のない自己増殖能力
  →① ヨーロッパ諸国は互いにせめぎ合うことで技術力、戦争能力、経済能力、人民の能力を引き出す能力をどんどん拡大してきた。社会の隅々まで競争原理が支配する組織に作り変えられた。他の文化圏も生き残るために転換を強いられた。日本を先頭に西洋の仕組みを模倣せざるを得なかった。それは20世紀のたった百年間で起きた。

2)増殖抑制因子の無視
  →① 主にヨーロッパ諸国の模倣となるしかなかった点が「現代文明の制約なしの増殖性」を語り尽くすのである


3)細胞の自己破壊の回避
4)テロメアカウンターの無効化
  →④ 医学は個体の寿命を延ばし、幼児死亡率を減らし、100歳ごえが珍しいものではなくなった。人類の天敵だった微生物はほぼいなくなった。

5)組織を養う血管構築能力
  →⑤ 消費社会の有り様は他の文明の一般人を取込む。とりこにする。誰しも自家用車に乗り、スマホ
扱い、ステーキを食べるのを当たり前と考えるようになる。人びとを併呑しながら消費社会はすべての活動を資本主義の指標であるGDPに含めるように変換してきた。家内活動、福祉活動、コミュニティ活動など金銭交換が必要になる。
 フィリピン人や中国人、日本人などはアメリカ人やフランス人、イギリス人などの生活様式を範とするように刷り込まれてきた。

6)転移能力
  ②科学、それに広い意味での科学技術の成果といえる。大量輸送、長距離移動を可能にするためには長大なインフラや情報通信技術、エネルギー生産技術が必要になる。
  ⑤の消費社会はあらゆるものを商品とし、消費するのが「使命」であるように精神を転換させる。アラスカの鮭や南アフリカのダイヤモンド、フランスのワインが消費社会のどの地点でも購入できなくてはならない。

 かくて、⑥の労働倫理は割当先を失ってしまった。
 ファーガソンによればキリスト教プロテスタントの倫理が分裂しがちな西洋流社会を接着させるニカワになるとされる。だが、東アジアの経済大国はキリスト教主軸ではない。中国にいたっては「国家資本主義」なる正体不明の「宗教」を国是社是としているように見える。
他者を配慮する倫理性なるのものはキリスト教が普遍ではない。がん細胞の間にはおそらく正常細胞への配慮などはあるまい。

 他者と見なせば「収奪」の対象になるのだ。それが悪性腫瘍と現代文明の共通性の最後の、そして最大の共通点なのであろう。

【参考文献】

ワインバーグ がんの生物学(原書第2版)

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文明: 西洋が覇権をとれた6つの真因

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西洋文明を最も批判的に経済史から評価しているのはポメランツだろう。

グローバル経済の誕生: 貿易が作り変えたこの世界 (単行本)

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反抗者の英雄的生涯の記録。
アメリカ大陸での偉大なる狼の奮闘とインディアンの闘いを重ね合わせることができる。

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