前回インフルエンザを擬人化したしたが、今回は細菌の計算論的生存競争という観点で扱う。
抗生物質は細菌から抽出される。抗生物質は細菌が生き残るために編み出した化学兵器なのだ。細菌の武器は他の細菌により克服される。
それは取りも直さず、万能な抗生物質がないことを意味する。あたかも万能な薬がないように。
抗生物質の耐性獲得の手口として、プラスミドというDNA断片を交換することで細菌は対抗する。いわば細菌は「情報共有」をしている。それにより有望な獲得形質をもつ遺伝子は素早く拡散してゆく。
地球には一千万種以上の細菌が生息していると見積もられている。それに対して人類はたった一種だ。
人口は70億超で史上最多となった。しかし、細菌は一人の腸内だけで数十兆程度いる。
まさに多勢に無勢だ。細菌による強力な人類包囲網が存在するのだ。
抗生物質だけで多種の細菌と戦えるという幻想は20世紀中庸には消えていた。フレミングはすでにペニシリンの限界を警告している。今日では多剤耐性菌が病院に蔓延している。超多剤耐性菌という言葉さえ飛び交う。
ちなみにバンコマイシンが最強の抗生物質だったが、それを無効化する菌は1995年に順天堂大学の平松啓一により発見されている。
病院外でも多剤耐性菌は検出されているのが今日の危機的状況であるという。それはインドや中国など人口密度が高く、抗生物質を乱発できるような新興国で顕著である。
抗生物質だけが問題ではない。抗菌グッズの使用はむしろ人体と共存している細菌を弱め有害な細菌を増殖せしめることにもなるとされる。
DNAコンピューティングという技術があるように化学物質による闘いは一種の計算能力の競争である。遺伝子の組み合わせを行うことで細菌は抗生物質への対抗手段を「計算」する。抗生物質の対抗能力の生存競争とは計算パワーの競争でもある。
しかも、それは数千兆の分散コンピューティングである。一種の細菌が数千兆しかいなというのは過小評価だろうけど。
人類はそれに対して少数の研究者が遺伝子操作とバイオインフォマティクスを用いて薬剤を開発する。しかもなお、認可のための治験やコストによるビジネス判断、各種法的申請という「社会的効能計算」というオーバーヘッドが上乗せされている。
ここでの教訓は、こうなるようだ。
細菌の進化速度は迅速である。遺伝子工学とITを具備する人類の対抗手段はそれなりに機敏ではある。だが、それは一千万種☓数千兆のせめぎ合う世界と一種の数十億程度の人間世界との生き残り競争だ。
抗生物質依存の人類は負けないまでも勝ちえないのはほとんど自明のように思える。
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