サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

汗くささとマイクロバイオームの関係

 毎日うだるような暑さが続く。少しの運動で汗をかく。汗は短時間で発酵臭を放ちだすことがある。そこで清潔好きな現代人はすぐ消臭だ、香水だ、汗をかいても臭わない下着とかスプレーとかに走る。
 しかし、少々の汗の匂いはなんだというのだろう?
サラリーマンや肉体労働者の多い汗臭いバスや電車は大嫌いと公言するのは、とんだお門違いだと思う。額に汗する労働者が臭いって、無神経なことをよう言うわ。
 一昔前まで、一日汗をかいて労働してもその日に風呂に入って衣服を換えればことが済んだし、それで十二分だった。今どきの日本人は清潔病がとりついたようだ。消臭の走狗と化している。嘆かわしいかぎりだ。

 最近話題のマイクロバイオームから、それをまとめてみよう。まず、青木皐の指摘から始めよう。

あなたの皮膚がしっとりつやつやしているのならば、表皮ブドウ球菌(スタフィロコッカス・エピデルミディス)という常在菌がとても元気に暮らしている証拠だ。

つまり、表皮の細菌叢が健全であることがお肌がツヤツヤの条件なのだ。その他にもピチロスポルム・オパーレ、コリネパクテリウム・ジエイケイウム、トリコスポロンといった気のいい奴らが皮膚でのうのうと暮らしているのだ(『もやしもん』の世界だね)

表皮ブドウ球菌は、皮脂や汗を「エサ」にし、酸性の「オシッコやウンチ」をして皮膚上で暮らしているということである。

 もちろん、汗臭さはこれらの細菌の消化活動の結果であり、細菌の「オシッコやウンチ」の臭いというわけだから、きれい好きには耐えられない事実だ。

 しかし、汗をすぐさま洗い流したり、消臭効果抜群の香料をふりかけると常在菌の健全性が損なわれる可能性があるのだ。青木によれば入浴により皮膚の常在菌は1/10程度になるが、即座に回復するという。長風呂やゴシゴシ洗いは皮膚にも常在菌にも良いことではないと指摘する。そして、常在菌が減少すると悪玉菌が住み着きやすくなる。皮膚の健康さが保てなくなる。
 汗くさいのは、ある程度までは許容されるべきなのだ。

 その懸念が高いのが消化器内のマイクロバイオームである。人体はアマゾンに比すべき細菌の生態系である。免疫機能や消化機能の一部さえ細菌叢は担っている。いわば共生状態にあるということが分かってきた。
 健全な細菌叢は外来の異種の細菌を駆逐する。人体固有の免疫系と協調して外来種を攻撃するのだ。皮膚の健全さも表皮ブドウ球菌らの活躍のおかげで維持されているのだ。
 人体の健康さは常在する細菌叢の健全さとほとんど同値なのだ。それを崩しているのが濫用気味の抗生物質だという。
 考えてみれば「魔法の弾」としての抗生物質は万能ではありえないことはすぐわかる。進化の流れで敵対種に万能な化学物質を発明できていればその菌種は独占状態=ドミナント種になったはずだ。しかし、現実には細菌の種類の多様性は驚くほどなのだ。ペニシリンのように一時的には役立つ化学物質も優位性は永続しないのは、後知恵ではあるが、自明の進化論的な結果といえるだろう。
 それが諸刃の剣となっているのが現状なのだ。
 日経サイエンス2012年10月号では「20世紀のライフスタイルの変化によって
人体にいる有益な細菌が姿を消しつつある」としている。
 広域抗生物質は細菌叢のバランスを破壊する。さらに恐ろしいのが多剤耐性菌の出現だ。
アメリカの疾病予防管理センターでも警告している。体内の細菌叢の脆弱化と強力な外敵(多剤耐性菌)の出現によって、人類は新たな病原菌の脅威に曝露されているのだ。



【参考書】
あまり先駆的でケレン味があるので忘れ去らた感があるが、啓発的な良書。

人体常在菌のはなし ―美人は菌でつくられる (集英社新書)

人体常在菌のはなし ―美人は菌でつくられる (集英社新書)


おそらくここ数年で一番売れた「日経サイエンス」だろう。この特集がきっかけで細菌叢の重要性が一般人にも知られるようになった。


 そして、7月発売の決定打がこの書籍。著者はピロリ菌の再評価の立役者だ。
表紙はヘリコバクター・ピロリ菌の雄姿だ。親近感を持つ人はいないだろうね。
しかし、親菌感をもつべきだと著者は示唆するのであります。

失われてゆく、我々の内なる細菌

失われてゆく、我々の内なる細菌


【追記】
 ジョージ・ポットマンの怪しいけれども裨益される『平成史』ではアニメやコミックから「汗をかく」描写が消えてきたのが平成時代からとしている。
行き過ぎた清潔感が充満してくる時代だったのだ。汗くさいのは言うまでもなく、汗ジミや顔のテカリすらも除去&除菌(J&J)しないと迷惑になるというメッセージが刷り込まれた時代でもある。その結果はアレルギー体質の増加につながるのだ。

ジョージ・ポットマンの平成史

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  • 作者: ジョージ・ポットマン,高橋弘樹(日本語版著者),伊藤正宏(日本語版著者)
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2012/04/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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