サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

細菌=ウィルスの人類包囲網は狭まるか

 魔法の弾丸と呼ばれた抗生物質。それが効かない病原菌が病院のなかに出没している。多剤耐性の病原菌は近代文明の仕組みのなかで進化を加速しているのではないだろうか?

 抗生物質の輝かしき第一号であるペニシリンが医療界に登場したのは1930年代、やがて1980年になるとペニシリン耐性をもつ黄色ブドウ球菌が出現する。メチシリンが1980年代に投入されると時を置かずに、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌MRSA)が現れた。
 強力なバンコマイシンが期待を込めてその対策に使われる。ところが1990年代にはバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)が、1997年にはバンコマイシン中度耐性黄色ブドウ球菌が出現。2002年に完全耐性の黄色ブドウ球菌が報告される。
 ペニシリン耐性がつくのに半世紀、バンコマイシン耐性は20年もかからない。この耐性の獲得はプラスミドによるものである。耐性に関わる遺伝子情報が細菌間で伝達・共有されるのだ。

 近代文明の仕組みで耐性獲得を加速させるというのはどういことか?

 本来は抗生物質は微生物が産出する他の敵対生物への対抗措置である。自然淘汰のなかで生き抜くための手段なのだ。
 製薬業界は自然界の細菌から抗生物質の素を見出し、製品化する。それを投入する場は病院になる。病院には体力を消耗し免疫力が低下してしまった保菌者が大量に流入する。多種多様な病原菌、日和見細菌も含むが病院のなかで生息する。プラスミドの交換の機会はいくらでもあるわけだ。
 抗生物質はもとはというと細菌が他の細菌を制圧するための化学兵器である。自然界でその化学物質がいつでもどこでも万能なわけではない。
 競争者が現れ、その化学物質への耐性をつけるのは自然な流れだ。
 近代的な病院はそういった自然選択の機会を多数提供しているともいえるのだ。自然選択の場の社会的濃縮装置が病院である。
 病院は病原菌の遺伝子組み換えの実験施設、それも病原菌の自然選択のための手頃な装置になっているのだ。衛生のための抗菌措置も生体の自然免疫機能を低下させることになっている(健康な常在菌叢を痛めつけることの反作用ともいう)。耐性菌の高速増殖炉みたいなものだ。

 インドなどの新興国では抗生物質を乱発気味とも聞く。膨大な人口と患者を抱え薬物を乱発することのリスクはきわめて高い。
 化学物質の接触機会が増大することにより病原菌側も急速に学習する。グラム陰性菌のBig3 アシネトバクター、クレブシェラ、シュードモナスは二重膜の孔(ポーリン)を変化させて、抗生物質に対抗する手段を獲得している。
 例えば、第三世代のセファロスポリンは1983年から細菌の150以上のプラスミド媒介ESBLにより無効化が始まっている。ある意味では、人類に対する細菌の化学的聯合化が進行しているのだ。


【参考資料】
 調査の行き届いた一般向け書籍。

もう抗生物質では治らない―猛威をふるう薬剤耐性菌

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 コストパフォマンスが最高レベルの病原微生物の専門書

ミムス微生物学―カラー版

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 この本のタイトルは誇張でもない。開発から流通まで平均10年、何段ものスクリーニングで多くの候補が捨て去られる。

新薬ひとつに1000億円!? アメリカ医薬品研究開発の裏側 (朝日選書)

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