カール・ポランニーの「暗黙知」は心理学的な事実にもとづいている。1950年までの潜在意識に関する心理学の成果が用いられているのだ。
暗黙知の基本は「我々は語ることができるより多くのことを知ることができる」と著者自ら述べている。知識というのは言語化できる部分は限られている。よって、それを文章化しようが数値化しようが、すべての知識を盛り込むことがでない。ましてや他人に伝えることもできはしない。
暗黙知を形式知に変えると日本の著名な経営学者(野中郁次郎)は主張したことがあるが、それは誤解を招きやすい。現場で生じている知識をそのまま組織内で共有するわけにはいかないことが、「我々は語ることができるより多くのことを知ることができる」に含まれている。
さて、本題だ。ポランニーの準拠している潜在意識の心理学はこんな事例だ。
一九四九年にラザルスとマクリアリによって示された例にならって、心理学者はこの能力の
発現を「潜在知覚」過程とよんでいる。この二人は多数の無意味な文字のつづりを被験者に示した。そしてある特定のつづりを示したあとでは、被験者に電気ショックをあたえた。ほどなくして被験者は、そのような特定の「ショックつづり」が示されるとき、ショックを予想するという反応を示すようになった。しかしどのようなつづりのときにショックを予想するのかを被験者にたずねてみても、被験者は明確に答えることができなかった。
そして、こんな経験則を導き出す。
ショック関連語が第一の項。電気ショックが第二の項...これらの暗黙知の二つの項目のあいだの機能的関係である。つまり、我々は第一の項目を知るが、それは、第二の項目に注目するためには、第一の項目について我々が感知していることをたよりにせざるをえないからにすぎない。
体験が潜在意識に潜んでいるが当人はそれを意識することなく=言語化することなくショックを起こすコトバを避けるのだと。
今日では、言語化できる経験範囲はポランニーの頃の心理学者の指摘よりも、いっそう狭いものに限定されている。自意識は裸の王様同様な状態にある。下部意識から湧き上がる情報のほんの一部を時間遅れ(リベットのマインドタイム)でそうと自覚するにすぎない。
それは下條信輔の啓発書を一読すれば了解できるだろうし、もっと明示的にはノーレットランダーシュの『ユーザー・イリュージョン』がファクトを積み重ねて論証している。
暗黙知は膨大な情報あるいは多角的な特徴をもっている。そして、間違いなくその一部は言語化することは困難である。その一部をカバーするために身体知がある。行為を再現することで知識を増幅させるのだ。
言い換えると、暗黙知の領域のほうが広すぎて自意識の照らしだす情報などは極くわずかなもでしかない。
となると科学がカバーする領域というのはどうなるだろうか?
ポランニーの暗黙知の主張は自然科学の発見を究めるための道具立てだったのだ。当時としては、創造=科学的発見というニュアンスがバックグランドにあった。
ある言明が真であることを知るということは、語ることができるよりも多くのこと
を知ることである、と考えることができる。したがってまた、ある発見によって問題が解決さ
れるときには、その発見は、当の発見以外に不確定な範囲の内感をともなっていると考えられ
る。
暗黙知が科学的発見で創発に重要な役割を果たすのだ。
暗黙知が土台となって有用な形式知に結実したものが科学的発見となるというわけだ。タシットディメンジョンでの知識創造がコアなのだとする。ここではある組織内での情報共有という問題意識はないことに留意しよう。
文庫化されているので近づきやすくなったのは歓迎すべきことだ。
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ポランニーの主著も訳されているが、今では誰も振り向かないようだ。かく言う自分も蔵書しているが未読である。
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なぜ、ベルギー人のこの本が注目を浴びないのかわからない。井の中の蛙としての意識というのはそれだけで教訓的かつ衝撃的ではないだろうか?
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