サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

日本語の言語認識モード

 ここ数年、閲読したなかでも日本語による認識の特徴について大いに開眼させてくれたのは、次の言説だった。

 日本の元素名はかなり複雑な構造をもっている。水素・酸素・炭素など「素」の字のついた元素名のほかに、金・銀・銅・鉄のように(中国に倣った)漢字一字の元素名もある。かと思えば、水銀・亜鉛・白金などのように漢字二字から成り立ち、字面からは元素名に相応しからぬ元素名もある。そして、そのほかに、アルミニウム・ナトリウム・ウランなどのようなカタカナの元素名もある。しかも、その原語はラテン語・ドイツ語・英語がまざっている。これはつう国の元素名が一字の漢字で表されているのと大きな違いである

 この文章はKennerの『Mazes』という書籍からの引用だが、モンゴメリの『翻訳のダイナミズム』の序章にある一文だ。

 示唆的なこととは、日本文化の多層性がここでも再現されていること。中国由来の表記に加えて、明治以降の舶来文化が錯綜して「周期律表」という科学のシステムに混入しているのが可笑しい。
 中国との対比が考え込ませる。日本人は自国の文化の沈殿と欧米圏の文化を区別することをいつも刷り込まされる。中国人は元素の由来など意識することなく、周期律表の構成と元素の内実に専念するだけでいいだろう。つまり、彼らは自国の知識だけに囲まれた生活を送っているのだが、日本人は否応なしに中国文化の痕跡と欧米、それどころかアフリカや南米など海の向こうからの言葉や流行といつも対面させられている。
日本製の大人は外来語により活力を付与される。「漫画は面白い」ではなく「クール・ジャパン」という外来語で、同じものが異なる色艶を帯びるのだ。消費文化は思想界も含めて外来語によって、刺激を受けてきた。その業界人たちの飯のタネといってよい。マルクス主義がなかったら貧乏人同情家たちはオロオロしていただけであろう。ヌーボーロマンが来なかったら文学研究者や翻訳家たちは華やかさを演出できなかったろう。事程左様に異質な海外の言葉を日本人は偏愛しているのだ。

 大陸の住民と孤島の住民との差なのであろうか?
これは文字としての特徴であることを指摘しておこう。話し言葉ではそんな区別はない。日常生活で固有な日本語かそうでないかなどは意識することはない。意図して外来語であることを強調することでもない限りは。

 文字のなかにその由来を埋め込む活字化の習慣は江戸期の蘭学者や明治以降の洋学者たちが意識的に始めたのであろう。カタカナ名はその表記の最たるものだった。
「異質」であることを表徴しているのがカタカナ名であるのだ。

【参考文献】
 表記法としての多層性が顕著であることを強調しているのは次の本が代表だろう。
中国語と並んで日本語を取り上げている

図説 文字の起源と歴史―ヒエログリフ、アルファベット、漢字

図説 文字の起源と歴史―ヒエログリフ、アルファベット、漢字

 なんといっても本年の最大の収穫本であった。アラビア科学が世界文明に貢献したのも「翻訳」を通じてであった。英語がペラペラであっても学問研究が必ずしも栄えるわけではない。ビジネスのやりやすさは向上するだろう。だが、他国と同じことしかできない民族になってゆくのは全国民英語化の成れの果てであろう。

翻訳のダイナミズム:時代と文化を貫く知の運動

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