サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

「なんとか」の歴史の集積

 テーマ別の歴史はほぼ思いつくかぎりのタイトルが出揃っているような気配がある。扱う対象も自動販売機や洗濯機、ラジオやコンビニ、デパートやら便器、下水道から硯、鏡や筆から茶道はてまた通信機器といった人工物だけではない。女らしさの歴史や化粧や服装の変遷、食物がどう変わってきたかについての集成もある。もっと正道をゆく文学史や制度史というのもあるし、経済史や貿易の歴史や海賊史というもある。
 個々の殺人や戦争や疾病、汚職や選挙などの事件史、台風、干ばつ、洪水と噴火から気候変動などの天災の歴史や土や河川、水や大気の変遷も歴史のネタを提供する。
 そう、なんでもござれなのだ。
試しに「の歴史」を含む蔵書(電子版)を引っこ抜いてみよう。

日蘭交渉の歴史を歩く
李祐成 韓国の歴史像 平凡社選書
桑田忠親 茶道の歴史 学術文庫
森毅 数学の歴史 紀伊国屋新書
武蔵野の歴史地図 [武蔵野 風土と歴史]付録
河岡武春 海の民 漁村の歴史と民俗
渡辺慧 時間の歴史
現代思想 臨時増刊 日本人の心の歴史
知の再発見 紋章の歴史 創元社
石川裕行 ゴルフの歴史 MCR
神奈川県の歴史散歩
福島県の歴史散歩
秋元英一 アメリカ経済の歴史1492-1993 東京大学出版会
秋田県の歴史散歩 山川出版社
網野善彦 日本社会の歴史 上 岩波新書
網野善彦 日本社会の歴史 下 岩波新書
網野善彦 日本社会の歴史 中 岩波新書
織田武雄 地図の歴史 世界編
織田武雄 地図の歴史 日本編
船山良三 続身近な数学の歴史
茨城県の歴史散歩 山川出版社
藤井&玉井 建築の歴史 中公文庫
藤堂明保 中国の歴史と故事
藤沢文庫刊行会 目でみる藤沢の歴史
藤田弘夫 都市と権力 -飢餓と飽食の歴史社会学- 創文社
西本一夫 唯物論の歴史 新日本新
見田宗介 近代日本の心情の歴史 学術文庫
計算機の歴史
講座 美学1 美学の歴史 東京大学出版会
野田宣雄 ドイツ教養市民層の歴史 学術文庫
金両基監修  図説 韓国の歴史
長崎県の歴史散歩 山川出版社
阿部謹也 日本人の歴史意識 岩波新書
集英社版 日本の歴史9 日本国王と土民
集英社版日本の歴史03 古代王権の展開
集英社版日本の歴史20 アジア・太平洋戦争
集英社版日本の歴史 日本史誕生
静岡県の歴史散歩
高木重朗 大魔術の歴史
高橋誠 世界資本主義システムの歴史理論 世界書院
高群逸枝 女性の歴史 上
鳥取県の歴史散歩 山川出版社
鹿児島県の歴史散歩
黒羽清隆 太平洋戦争の歴史 学術文庫
J.B.ビュアリ 思想の自由の歴史


「の文化史」ではどうであろうか?

S.カーン 肉体の文化史
アンリ・ゲラン トイレの文化史 学芸文庫
キャサリン・ブラックリッジ ヴァギナ 女性器の文化史 河出文庫
シュライバー 羞恥心の文化史
シュライバー 道の文化史 岩波書店
ベルト・ハインリッヒ編著 橋の文化史
ミノワ 悪魔の文化史 クセジュ文庫
モリス・クライン 数学の文化史 上
モリス・クライン 数学の文化史 下
ラリー・ザッカーマン ジャガイモが世界を救った ポテトの文化史  青土社
ロバート・スクラー アメリカ映画の文化史 上 学術文庫
ロバート・スクラー アメリカ映画の文化史 下 学術文庫
中尾佐助 花と木の文化史
井上章一編 性欲の文化史2 メチエ
大塚滋 食の文化史
富山和子 水の文化史 文藝春秋
笹間良彦 鬼ともののけの文化史 遊子館
筒井袖夫 木と森の文化史 朝日新聞社
邸海濤 中国五千年性の文化史
鷲巣力 自動販売機の文化史 集英社新書

あるいは「なんとかの」世界史ではこれだけが検索結果となる。

ジェフリ・パーカー 長篠合戦の世界史 同文館
スタヴィリアーノス 新・世界の歴史 環境・男女関係・社会・戦争からの世界史 桐原書店
バーバラ・タックマン 愚行の世界史
ブノア・メシャン 庭園の世界史 学術文庫
ポンティング 緑の世界史 上
ポンティング 緑の世界史 下
マッシモ・リヴィーバッチ 人口の世界史 東洋経済新報社
中丸明 海の世界史 現代新書
千田善 ワールドカップの世界史 みすず書房
地域からの世界史1 朝鮮 朝日新聞社
大澤昭彦 高層建築物の世界史 現代新書
沈黙の世界史10 半島と大洋の遺跡 新潮社
沈黙の世界史9 北京原人から銅器まで 新潮社
海野弘 スパイの世界史
海野弘 陰謀の世界史 文春文庫
角山栄 茶の世界史
青江舜二郎 演劇の世界史 紀伊国屋新書


 これで個物の通史に関する蔵書リストすべてというわけではない。そろそろなんで、こんな明らかな事実をことさらに論じているかといえば、現代人の思考様式を端的に物語っているからだ。
 個別史は調べものがやたらに便利になった現代文明の産物であるのは確認しておく必要がある。どのようなテーマについても先行する研究や集成があり、それをもとに組み替えれば、古今東西の情報を集めるのは比較的容易い。
でも、それは「歴史」といえるものだろうか?
 言い換えれば、現代人にとって本当に有意味で価値のある知識なのであろうか?

 例えば、「鏡の歴史」は地域の文明別に鏡の遺物の系列を時系列で叙述する。文様やら材質、出土の状況を並べている。鏡の成り立ちに関わる生活や文化情報を周囲に配すれば、いかにも学問的に思える。
しかし、考えてみたまえ! それだけで何か重要な意味もあるわけではない。鏡は生活や古人の世界のほんの一部であったのは確かなことだ。鏡が中心になった世界に古人が住んでいたわけではない。
 個別史もつ害毒がある。歴史的なパースペクティブにへんな歪みと錯覚をもたらすのだ。それが深く狭いテーマであればあるほど、知識の価値は減衰するであろう。
 「シカゴのピアノ調教師の歴史」はどれほど多くの読者の感心を惹起できるだろう?
「化学者の自伝の最初の一句の歴史的変遷」となるとタイトルだけで目を背けたくなる。

こんな知識のガラクタを再整理するための特効薬的書物はピーター・バーグの『知識の社会史』『知識の社会史2』であると自分は信じている。その集約レベルは一世代前のブーアスティンを越えている。
 知識の組織化というのは現代文明の中心軸であったし、あり続けるだろう。
 そのためのインフラを近代人は営々と構築してきたのだ。「印刷、雑誌、図書館、博物館、喫茶店、株式、交易、旅行、スパイ、教会、アルファベット順、索引、脚注、学者・知識人などなど」だ。この仕組に上乗せして「知識人」たちが二次的な知識の派生物を雨後の竹の子のように製作しまくっているのが、社会的な解釈だろう。

知識の社会史―知と情報はいかにして商品化したか

知識の社会史―知と情報はいかにして商品化したか

知識の社会史2: 百科全書からウィキペディアまで

知識の社会史2: 百科全書からウィキペディアまで