ゼロの始まりは歴史的起源はいまだに不明だ。
現代的な意味の記数法ゼロはインドで使われだした。
7世紀のブラーマグプタによると0+1=0、0×1=0などの作用素としてのゼロの機能が明確になっている。
吉田洋一の『零の発見(1939年初版)』なる日本の名著では最後の改訂版(1979年)にて、そう記載されている。それ以来、進歩といえばヴァラーハミヒラ(6世紀頃)の天文学書にゼロの記数法が残ることが判明したくらいだろうか。
最近のポピュラーサイエンスの定評あるサイフェ『異端の数ゼロ(2000年)』でもインドで「9世紀にはゼロが使われていたのは間違いない」とあるくらいだ。
これはカジョリが引用元であろう。『初等数学史(1917年)』で、こうあるからだ。
今日使用しているゼロのたしかな記録は、紀元876年インドで書かれたものを最初とする
カジョリから百年間、変化していないわけだ。それでも「ゼロの発見はインドと関係なし」とするボイヤーの数学史よりはましかもしれない。
しかし、インド思想研究の泰斗である中村元の説は異なる。『インド思想史』ではこうあるからだ。もちろん普通の数学史家は認めていない。
非常に巨大な数や、逆にごく小さな数が宗教型典や文芸作品の中にしばしば現われる。これはインド人の空想性と分析性とを示している。他方、かかる思索力のために紀元前二世紀ころに零の観念を発見した。
その権威ある出典となると林隆夫になろう。『インドの数学』によれば、演算の対象としてのゼロはブラフマグプタの天文書『ブラーフマスプタシッダーンタ』(紀元六二八)となる。吉田洋一の指摘と同じである。
記法としてのゼロは起源の年代は不明だとする。
例えばスマトラでは、シャカ暦でそれぞれ六〇五、六〇六、六〇八という日付が位取りで表記された三つの碑文が発見されている。
バラモン階級にはゼロ記法は常識であり文献化するまでもなかったろうという指摘を林はしている。
観念の始まりは文献や碑文での裏付けができないものだ。中村元の宗教的起源説は、だから、否定されているわけではない。
ゼロの宗教起源の自説を明確化しておこう。空という宗教=神話的な観念が他の数の概念、無量大数や須臾のような10のべき乗の世界像記述になかで発生した。記数としてのゼロに作用としてのゼロが必要となるのは、インド的論理の産物であり、龍樹に見られるような厳密なロジックで数の加減乗除の完全性として導出されたのだろう。
空とゼロは同じ思想的基盤と思想的土壌から生じた双葉なのだ。
情況証拠であるが幾つか論拠を提示しておこうと思う。
詞が同じである。「空の=sunya」というサンスクリット語からアラビア語のas-sir、そしてラテン語のcifraもしくはzefrumへと分岐し、
前者がドイツ語のZifferとなり、後者がフランス語英語のZeroとなった。
インド古代宗教では宇宙論を最大レベルから極小レベルまで数で思弁する。『倶舎論』での壮大な規模の宇宙論は有名だ。無量大数や那由多のような巨大数単位は聞いたことがあろう。他方、極微の単位も古代思想家たちは考えている。須臾などという言葉は知っているであろう。
両、文、分、厘、髦、糸と続く、塵、埃となり、間を飛ばして須臾、弾指、刹那....清浄が最後の極小単位である。
極小の行き着く先には「空」がある。
そして、ゼロであるsunyaがどうして宗教的起源があるかという最後の論拠は、インド数学の由来そのものにある。ヴェーダ数学ともいわれる、その使用形態が特異なのだ。祭儀に捧げられる祭壇の幾何学をシュルバといい、複雑な幾何文様を正確に構成することが課せられる。シュルバ幾何学といも呼称される。
ブラーフミー数字は『倶舎論』の宇宙モデルに代表されるように10のべき乗での記法を発展させた。つまり、天文学そのものが宗教的な思考=自然神学であり、数を精緻に積みあげることで須弥山世界を模写することになった。
となるとSUNYAはどうしても必要になる。大劫(マハーカルパ)という長大な時間がたてば宇宙は微塵に砕け散るのだから。すべての生き物はいわば空の空を生きていると古代宗教は見なした。
そうした背景から、天体観測と宗教的宇宙観が渾然一体となった思惟のなかから、sunyaは生じたのだと思う。いうなれば現代数学や現代物理学のゼロには宗教的な背景が埋め込まれているのだ。
【参考文献】
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最後の部分は下記の書籍を参考にした。
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