サイエンスとサピエンス

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アンチ人工知能論、雇用競争と進化論

 アンチ人工知能論者には物理学者ホーキング、テスラ・モーターズの創業者であるイーロン・マスク、それにビル・ゲイツなどがそうそうたる人たちがいる。サンタフェ研究所のジョン・キャスティやイギリスの物理学者マーティン・リースを加えてもいいかもしれない。
 彼らがいうには「現在の無軌道な人工知能開発により生み出されたスーパー人工知能は人類を滅ぼす」
 過去にも技術的なブレークスルーが大破局になりうるという指摘はあった。ヨーロッパのCERNLHCという超巨大な素粒子加速器がスモールなブラックホールを生み出すかもしれないとか。古くは原子力爆弾の開発時にも放射性物質の核反応の連鎖を静止できないという指摘があったりした。
 今回もその繰り返しでしかないかもしれない。

 ただ、「経済学的ファクト」をもとにした別な方面からの危惧の表明が相次いでいる。人類生存の危機ではなく、生計の維持の危機、つまり、雇用破壊がIT化により進行している事実である。
 IMFの失業率推移(1990-2015)では先進9カ国の失業はフランスやイタリアのように悪化傾向もあれば、ドイツやイギリスのように減少している国もある。

 だが、その質が問題なのだ。日本の失業率は統計の取り方にもよるが主要国より低い、ユーロの牽引国ドイツよりも低い。しかし、非正規雇用が増加しており若年層から中高年層までの平均年収は低下傾向にあるのは周知の事実だ。

 これはブリニョルフリン&マカフィー『機械との競争』『ザ・セカンド・マシン・エイジ』やマーティン・フォードの『テクノロジーが雇用の75%を奪う』で検証されている経済的な事実といえる。
 たとえば、高度に情報化されたサービス業や生産物流システムは雇用を生成しない。コンビニを見給え。三千点から五千点の商品やサービスを一括して2名程度の店員が引き受ける。かわりに駅前商店街の多くの専門店は不要になり、とりわけ地方の個人経営の小売店は効率性が悪くスーパーやコンビニに勝てない。

 すでにケインズが機械化が雇用を減少させることを1930年台には見抜いている。これはノイマンが人類が制御不可能な機械知性の出現を予言したのといい対比になる。
 実際に雇用の減少は目前で起きつつある。人工知能はコールセンターの一次対応を任されようとしているし、ロボットのペッパーは販売的の接客機能を遂行するようになろう。アメリカで始まっているようにWatsonは医師の業務を一部代行するようになろう。

 呆れたことに一部のAI研究家はアシモフのロボット工学三原則があるから、人類の生存を人工知能を持つロボットが脅かすことはないと答えるそうだ。倫理学はAIに実装された試しがないし、人間に危害を加えるという意味が人工知能に理解できるかどうか怪しいものだ。肉体的危害ですら十分に予防措置ができていないし、精神的な苦痛は保証範囲外だろう。安全工学でいう危害(HARM)を人工知能に組み込むことが不可能なのではないだろうか?
 身体概念を人工知能に覚えこませることはできるのだろうか?
 例えば、左右概念を人工知能にその「真の意味」やすべての使用法を覚えさせることが可能なのだろうか? 
 いわゆるオズマ問題とマーティン・ガードナーが呼んだ事態に近くなる。遠隔地にいる異質な知性に左右をどう伝達すればいいのか。まさか弱い相互作用の非対称性をもとに人工知能に学習させるわけにはいかないだろう。

 ところで1960年台にレイ・ブラッドベリが『ライフ』誌に「オズマ計画」を紹介した論文がある。あのファンタジー系SF作家が、という驚きもあるが、きわめて真面目で科学的な内容なのだ。異星の生命体についてのこういうセンテンスがある。

 名曲芸師である炭素は、人間に知られている他のあらゆる元素がやれるよりも多くの曲芸と手品を一人でやってのけることができる。こういう炭素に近い他の元素は珪素だけである。それなら、宇宙内のどこかに珪素生物が見つかる見込みがあるだろうか。

 珪素生物は炭酸ガスのかわりに石英を排出すると書いている。
 事実、極限生物を研究している生物学者が炭素系生物のあとに珪素系生物がでてきても不思議ではないと周期律表をさしながら説明しているのを聞いたことがある。
 珪素、別名シリコンはしかし、今日ではマイクロチップやメモリーなどの素材になっている。
 シリコン系の生物は電子回路を母体にして生まれつつあると言えるのではないだろうか? 
 つまり、生存競争は雇用競争として社会に顕在化し、ロボットとしてのシリコン系生物種が台頭しようしているのかもしれない。


【参考文献】
 バラットはホーキングらと並んでアンチ人工知能派の論客の代表格である。

人工知能 人類最悪にして最後の発明

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 ブリニョルフリン&マカフィーはMITスローンスクールの研究者だ。つまり、イノベーション推進派の牙城にいるので、人工知能開発に反対するわけではない。警鐘を鳴らし対策を打ち出しているだけだ。

機械との競争

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ザ・セカンド・マシン・エイジ

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 シャナハンはイギリスのロボット工学者。超知能の開発とその展望を描く。強化学習での報酬関数がここでの主階調になっている。報酬関数の正しい設計次第だというわけだ。

シンギュラリティ:人工知能から超知能へ

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 古めかしいタイトルの忘れられた古典SFを一つ。ヴァーナー・ヴィンジは「シンギュラリティ」の命名者でもある。

マイクロチップの魔術師 (新潮文庫)

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 ジョニー・デップ主演のシンギュラリティもの映画。個人の脳のエミュレーターから話は始まる。ストーリーは破局ともとれるし、始まりとも受け取れるエンディングを迎える。