サイエンスとサピエンス

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巨大土木プロジェクトの成功裏の大しくじり

 完成した時点では国威発揚と経済発展の要、自然を統治する成功した建造物と評価されていたものが、今日では環境破壊の元凶となった大しくじりと見なされるべき国家事業はいくつもある。
 なかでも、エジプトのアスワン・ハイ・ダムは大いなる教訓と課題を残している。
ヘロドトスが古代の史書に書き残したように『エジプトはナイルの賜物』であった。ナイル川の定期的な氾濫がシルトを農地に運び込み肥沃な大地を永続的に維持してきた、とは地理の授業で習う定番なのであろう。
 だが、河口からはるか上流にあるアスワン・ハイ・ダムがそのサイクルを破壊したことを教科書ではあまり触れない。

 50年ほど昔はこんな評価が横行していた。

 史上初めて、有名なナイル川の氾濫を人間の手で制御できるようになったのだ。ダムは氾濫水を堰き止めて、それを最大限に活用できるときに放流する。既灌漑地のため、何千エーカーもの新規灌漑地のため、である

しかし、今日の一般的な評価は180度異なる。

 数十年以上のあいだ、アスワン・ハイ。ダムの影響で……洪水に見舞われなかったため、河口に新しい堆積物ができなかった。そのかわり、デルタには最悪のものばかりが増えた――世界でも特に集約的な農業が営まれているこのデルタは、化学肥料や農薬の使用量が最も多く、土壌の塩分濃度が最も高い場所の一つなのだ

 発電による電力供給はささやかな恩恵であろう。しかし、灌漑用の淡水供給はそんなに甘いものではなかった。ダムにより供給される予定だった水量の半分は蒸発と浸透により失われている。下流域では地下水も枯渇している。風土病も蘇っている。さらに人口密集地であるナイル河口の広大な三角州 ナイル・デルタの破壊も進行しているのだ。

 河川学者のエレン・ウォールの警告を記載しておこう。

いま起きている野放図な人口増加と、ナイル川がなんとかしてくれるだろうという暗黙の想定は、それと同じほど無知で傲慢なものに思える。現在の「植民地化」が危機的状況を迎えるのを目の当たりにするまで、あと数十年しかない

 その創設者ナセル湖の名前のみが記憶されるだけになるだろう。


【参考書】
 著者はコロラド大教授。コロラド川も大きな危機に直面しているから、その意識がこういう研究に結実するのだろう。こんな地球規模での厚みのある研究はアメリカでしかできないのだろう。

世界の大河で何が起きているのか 河川の開発と分断がもたらす環境への影響

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 こちらはカナダ人による浩瀚なドキュメント。2000年台に水問題が盛り上がったが、危機的状況はむしろ深まっているのだ。

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