ある会話で「レバノン杉は人類の浪費のせいで縮小した」と主張してみたが、論拠がどこにあったか曖昧なので探してみた。ついでに、その残存状況の調査を試みる。
レバノンの国旗の真ん中に描かれた樹木はレバノン杉であろう。学名はCedrus libani
それほどまでに樹木に肩入れしている国民はカナダくらいだろうか。このヒマラヤ杉の一種は絶滅危惧種とまではいかないが、相当に減ってしまった歴史がある。
まずは、コリン・タッジから引用から始めよう。
この優れたサイエンス・ライターによれば、ヒマラヤズギ属についてこう書いている。
「この四属は”本物のシーダー”と呼ばれる。地中海沿岸から北アフリカのアトラス三名区、キプロス、レバノン、シリア、トルコなどに散らばる。...レバノン杉は文字通りレバノンの杉だが、トルコの南西部でも見られる。エルサレムのソロモン神殿の木材ともなった。現在は貴重になって日常的使うことはできない」
針葉樹なのに地中海の中東に植生分布しているのが面白い。日本的な針葉樹林の感覚と違う。
レバノン杉の激減の歴史をまとめているのはドイツの史家ヴィルヘルム・ウェーバーだ。
手元の書籍では地中海の環境史はこれしかない。彼の説を要約しておこう。
レバノン杉を大量に切り出したの典型は、アレキサンダー大王の武将の一人、アンティゴノスだ。大王死後の継承者戦争のためにアンティゴノスは大艦隊を創設した。
8000人の木こりと1000組の雄牛がレバノンの木材の切出しに投入された。
アンティゴノスは別に「森林冒涜者」の最初でもなければ、最後でもなかった。ユダヤの王朝、アッシリア人、ベルシャの大王がレバノンの大森林を伐採していた。
ウェーバーによれば、ローマ帝国末期には現在とほぼ同様な緑のない光景がレバノンの通常の景色になっていたという。
こうしてこの地方の乾ききった荒涼した景観が生み出されたのだが、それはつい最近の出来事だったわけだ(2000年というのは地質学的には一瞬にすぎない)
エジプトのクフ王のピラミッドは最大級の巨石建造物だが、その近くで同じ時代の大型船が発見されている。
宮崎正勝によれば「長さ43m、幅6mもある巨大船のレバノン杉の部材が解体された状態で発掘された」
もちろん、ナイル川で巨石運搬に活用されていた可能性が高い。
フェニキア人が地中海を支配する商業国家を生み出せた。それには、レバノン杉を船に使うことができたことが大いに預かっているのだろう。
ジャック・ブロスの樹木神話にもレバノン杉の伝承な痕跡が記載されている。オシリス神話において、レバノン杉はこんな役を担わされている。
レバノンスギは実際、古代においては不死の象徴と見なされていた。シリアからやってきたその腐敗しない木材から、エジプトでは神々の彫像のみならず柩も作られていた。なぜなら芳香を放つために、それは腐肉を食らう昆虫や岨虫を近づけないと思われていたからだった。さらにレバノンスギは神託の樹木と見なされていた。
杉がどれほど船舶の材料として、建築の材料として適しているかは林学研究者の遠山富太郎の書籍『杉のきた道』がオススメであろう。
日本の卑近な杉というと花粉症の主たる原因は「ミタマスギ」で、日本の森林の過半を占める人工林の多くがこの種族の仲間だ。「神代杉」はかなり貴重な存在で「レバノン杉」並みだとされている。これは湖底に沈むなど一定条件で保存された杉の一形態である。
さて、GoogleMapでみれば、レバノンの風土というと一般的にはこんな光景であろう。
レバノンでは国の保護政策で残るレバノン杉の樹林は世界遺産「カディーシャ渓谷と神の杉の森」となっている。
【参考図書】
かなり包括的な良書だけども人類との関わりはそれほど深く書いてない。木々についての生物学と植生学と地理的分布についてはgoodだ。
樹木と文明―樹木の進化・生態・分類、人類との関係、そして未来
- 作者: コリンタッジ,Colin Tudge,渡会圭子,大場秀章
- 出版社/メーカー: アスペクト
- 発売日: 2007/12/01
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この特殊なテーマについての稀書というべきか。
- 作者: K‐ヴィルヘルム・ヴェーバー,野田倬
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