大塚英志や東浩紀らのソフトカルチャー論をつらつらと眺めていると、世紀の変わり目の自然科学の変容にダブって見えてしまう。
彼らの言説をメチャ単純にいえば、サブカルでの主流は「大きな物語り」から「データベース」型の消費に変容したとする。
みんなが入れ込む『あしたのジョー』のようなヒーローの物語りではなく、誰もが自分の好みを選んで没入できる『ドラクエ』のようなRPG、あるいはAKB48のような入替と選択可能な集合体の遷移が主体になってきたともいえるだろう。
日本のサブカル評論家たちによれば、この集合体を「データベース」と呼ぶ。
科学の「相転移」を眺めてみよう。
物理科学のような少数のエレメントと相互作用にすべてが落とし込めるという巨大な還元論シナリオを描く科学は「二十世紀型科学」であったといえる。
その時代はその扉を閉じ、DNAやRNAのような巨大分子とそれを取り巻く数限りない分子機械の振る舞いを「統合データベース」に登録するタイプの科学が台頭する。ライフサイエンスの時代だ。
それを「21世紀型科学」と言っておこう。
二十世紀型科学では世界は素粒子と相互作用に分解ですべて説明できるという「大きな物語り」、それは科学のヒーローの物語りでもあった。今でも語り継がれるヒーローの伝説。曰く、アインシュタイン、ディラック、ファインマン、湯川秀樹....。
他方、21世紀型科学はどうか。
その科学の黒幕的主役は「統合データベース」だ。「統合データベース」とは世界の科学者コミュニティにより公認された「分子機械の電子的言説集合体」だといってもいいだろう。そこに登録されることにより、「科学的真理」に認定されるのだ。フランスの科学思想家ラトゥールの刻印みたいなものだ。
地球温暖化などの環境科学もそうだ。ここでも主役になるような少数のエレメントや統合原理はない。
環境変化を生み出すのはその挙動が非線形で多階層的で登場する要素は様々だ。
大気とその成分、火山や地震など大地の活動、海洋や海流、人口増や産業など人間の活動、あるいは微生物を含む生物種とその活動、太陽の活動、地磁気、水や炭素の大循環、ガンマバーストなどの宇宙線や彗星等々。
生態系や環境を扱う科学は公式や定理では時代遅れで無力だ。ここでは「シミュレーション主義」が唯一の拠り所になっている。また、IPCCなる科学者ギルドがその活動母体だったりする。
20世紀型科学を振り返るってみれば、その主役だった物理科学は数学的原理を探査針として物質の階層を深く掘り下げていった。深掘りするほど観測できる「窓」は狭まってゆく。挙句の果てはエネルギーと対称性というそぎ落とされた「数」だけになり果てた。
対称性からの素粒子記述の「数」の拠り所はネーターの定理とされる。時間的対称性はエネルギー保存則、空間的なそれは運動量保存の法則、ゲージ変換にはボゾン、アイソスピンの対称性にはアイソスピン量...。ついには、カラーやフレーバーなる「数」を持ち込む。皮肉なことに「色」とか「香り」とか失われた感覚を「数」の名称にするのだ。
科学哲学者の吉田夏彦は「数という貧しい表現」で「自然」を語れるのは不思議だと言っていたが、その通りだ。
クォークやレプトンを語るのはそういった貧弱な数字のセットでしかないのだ。
その対極に生物科学がある。細胞器官の一つを描くのにも、無数の化学物質を分子機械に見立てて、多数の化学反応式を林立させなければならない。
4色問題というグラフ理論の解決がコンピュータでなされたのと同じようなもので、ミトコンドリア一つとってもその振る舞いは一人の頭脳が理解できるものではない。
たとえば、細胞の動的機構を受け持つアクチンなるタンパク質は跛行的な運動を化学反応の連鎖で行う。
こんな分子機械の振舞いの規則を丹念に拾い集めて、順次並べてゆくというのが分子生物学の表現方法だと要約できる。ミクロワールドの「多様な機械博物誌」なのだ。
メルロー・ポンティは17世紀の数学的自然科学の時代を「大きな合理主義」と呼び、二十世紀の近代科学、量子論のような物理科学を「小さな合理主義」とした。その行きついた先が素粒子の標準模型であるとするなら、それは「微細化された合理主義」ということになろう。
いまや、それすらも影が薄くなってしまった。21世紀の主流は生物科学や環境科学のような「データベースとシミュレーション主義」であるとしかいいようがない。
サブカルと自然科学が似たような相転移をしているのだ。
何となく薄気味悪い。
【参考書籍】
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