サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

中国テクノロジーの潜在力を歴史的に鑑みる

 イギリスの科学史家ニーダムによって西洋中心科学技術の史観がひっくり返されてから、現在では歴史家の多くは宋代までの中国の技術の優位性を認める方向になっていると漏れ聞く。身近な例には技術史家のアーノルド・パーシーがいる。
ここ数年で中国の科学技術の伸長は著しい。これに拍車をかけたのがトランプ政権の誕生だという(日経サイエンス2018年2月号)。
 今年も中華人民共和国のテクノロジーの動きは煌びやかだ。一例はEVだろう。
  2018/05/23 「日経新聞」- 電気自動車(EV)の電池市場を中国勢が席巻している。 

「寧徳時代新能源科技(CATL)は創業7年目で世界首位に立ち、政府の外資排除策と規模の力を生かして急膨張を続ける。」

 しかし、これはどこかで聞いたサクセスストーリーでもある。例えば、つい数年前には太陽光発電で2008年の世界シェアは3位だった中国の「サンテックパワー」は2012年に清算し他社軍門に降った。
 中国の科学技術パワーは恒久的か一過性のものかどうかは判断が難しいのだと思う。

 しかしながら、彼らの優位性のアーティファクトは積み上がりつつある。次の日経新聞の記事や雑誌記事などはホンの一端でしかないだろう。 
2018/3/2 日経新聞 中国の技術力 10〜15年で米国並みに

「中国におけるEC(電子商取引)の売上高は米国の2倍に、携帯電話を使ったモバイル決済の額は11倍に上る。米国はいまだに小切手が多用されている状況だ。」

 情報通信のあり方では他の先進国を抜き去っている。変化の速度はぴか一だ。

Wedge 2018年2月号 中国「創造大国」への野望

 科学においても米国の主導権は失われつつあるというのが、先ほどの『日経サイエンス 2018年2月号』の記事で組まれている。
  世界の科学情勢2017 合理性の危機. 科学否定の根底にあるもの 語り:K. ヘイホー ... 中国の動機 L. ビリングズ ...
 彼らの言うように反合理主義的なトランプ政権は環境科学や温暖化対策に関する研究開発から手を引いた。そして代わりに台頭したのが、中国であるのは確かだ。「太陽電池パネル」と「次世代原子炉」というクリーンエネルギーや量子情報衛星QUESS打ち上げや世界最大のゲノム配列解析施設などに投資しているのだ。これらに裏打ちされた技術分野での優位性は数年後明らかになろうと予言している。

 しかしながら、中国の科学技術の趨勢を少々、歴史的観点から眺めておくのも重要だろう。
技術史家の吉田光邦の分析を参照しよう。

官僚制によって中国の科学や技術は多く指導され展開された。たとえば天文学暦法はすでに記したように、歴代王朝の政治的な必要性からその研究が強く推進されたもの、
...(中略)...
 11世紀の北宋で編集された『武経総要』は、黒色火薬の記述のあることでも有名だが、多様な武器や戦法についても詳細な記述をもつ軍事技術書である。これもまた皇帝の命によって編集されたものであった。そのほか水利関係についても、古くからすぐれた技術が生れているが、それらの技術者もすべて国家官僚として活動した人びとである。

しかし、16世紀から地方の知識人も力を持ち出す これらの人々の活力がコアだと思う。
本草綱目』の著者李時珍は地方に住む知識人であったし、技術百科全書として有
名な『天工開物』を書いた宋応星も無名の知識人であった。

         吉田光邦『日本と中国 技術と近代化』より


  確かに、官主導である。これまでもこれからも。その方面での技術革新は起きるだろう。
アメリカだってある意味官主導だった。軍事関係研究やNIHの科学技術研究に占めるシェアは大きい。違いがあるとすれば、共産党独裁政権か多様性のある権力機構によるものか、という点だろう。一党独裁では意思決定の選択と集中は鋭く、特定の研究分野以外は蚊帳の外になる傾向が強いだろう。世人の興味がない研究は軽視される度合いが一段と鮮明になろう。
 自分が中国の科学技術の弱みだと感じるのが、この多様性のなさ柔軟性のなさなのだ。

 秦や宋・明の時代の技術躍進も強力な帝王の存在と切り離して論じられない。強大な権力機構と技術革新が並行して起きたのが中国の歴史であった。


【参考資料】

日経サイエンス 2018年2月号

日経サイエンス 2018年2月号

  • 発売日: 2017/12/25
  • メディア: 雑誌

 この力作でポメランツは「大分岐」が起きるまでは世界各地域は似たり寄ったりの環境制約に喘いでいたとする。産業革命で西洋が抜け出すまではそれほど格差はなかった。

 故人となった技術史家の日中比較論。