オタクとかヘンタイというのはグローバルでも通用するコトバになったようだ。日本の現代文化の主流を担う「人種」にまで上りつめているといってもいいだろう。
その社会的な分析や批評は多くなされてきたが、自分には今ひとつ腑に落ちないものがある。
評論家として独占禁止法違反的な位置にある東浩紀の『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』 によれば、
「オタク」という言葉を知らない人はいないだろう。それはひとことで言えば、コミック、アニメ、ゲーム、パーソナル・コンピュータ、SF、特撮、フィギュアそのほか、互いに深く結び付いた一群のサブカルチャーに耽溺する人々の総称である。
とある。
誰も異論がない定義ではある。サブカルチャーが主流カルチャーに変容した点を除けば、だ。主流って芥川賞系の純文学とか一昔前のニューアカとか、もっと前の中央公論や岩波書店の文化誌などが担ってきた文化なのだろうが、それはシーラカンス化している。時々、社会の表面に出てくるが誰も気にしない化石と言っている人もいる。
あるいは。長山靖『おたくの本懐』を紐解いてみると。
「自分の、自分による、自分のための耽溺」説、あるいは、コレクター=オタクであるというのが長山説であろう。
だが、コレクターの収集癖というのは20世紀的現象とはいいかねる。19世紀のパリにも江戸時代にもコレクターはいた。
例のヨーロッパの帝王の「ウンダーカンマー」のような高貴ながら、宮崎勤的な部屋を生み出す王侯貴族の収集癖はそれほど珍しいものではない。
20世紀後半になってから大衆消費社会が到来すれば、そうした傾向が様々な階級や地位の人々に出現するのは自然でもある。
蓄財行為も収集行為であるがそれは「オタク」的とは見なされない。現世的な実利とは無縁な行動なのだ。いわば社会や経済に背を向けた活動なのだ。それは豊かさの現れソースティン・ヴェブレンの有閑階級の行動類型でしかない。それは社会階級に属する顕示的な行為だ。
オタクの消費は顕示的ある必然性はないし、階級制とも無関係だ。何よりも常識に背くような非世俗性を持つとことが顕示的消費と異なる。
SFファンはオタクのオリジンと言われる。それを例にとって考えを説明してみる。
オタクの類型であるSFファンとミステリーファンを対比しよう。
例えばトレッキアンとシャーロキアン。
スター・トレックシリーズのファンは群れてファンダムで自前の入れ込みを披露する。その舞台設定は地球外の別の世界だ。シャーロキアンはそれなりに群れるが他の社会人サークルとの差別化には無縁だし、コスプレもない。ベーカー街は架空だが隣の街でもありうるような場所だ。
シャーロキアンは自分達が他の人々とは違う世界観を持っているなどとはことさら、強調しないのだ。温和で成熟した社会人サークルというイメージがシャーロキアンのプロファイリングであろう。
それは19世紀のイギリスで閉じているし変化しなことが魅力的なのだ。それにひきかえ、トレッキアンは新しいテクノロジーや異星人たちが続々登場するオープンな世界像を共有している。彼らの好みは不安定でより変化や新規性を好むし、過去どころか現在にも否定的なのだ。
という背景を押さえておいて、自分の仮説はオタクの定義に含意される。
オタクの自分なりの定義は「人工物への没入能力を顕著な特徴とする人々」だ。
その平行現象が自閉スペクトラム症の登場だ。とりわけ、アスペルガー症候群が現れた時期に注目してみたい。
20世紀の前半のウィーンで小児精神医アスペルガーが注目した精神病態これが対人的なコミュニケーション障害だけであるならば、まだ20世紀先進国に初めて現れたとまで言い募らないでもいいだろう。
アスペルガーは「限定されたジャンル」についての特異的な執着と能力を持つ一方、他者との対人関係については欠損している一群の子どもたちに刮目した。
科学と技術の分野において成功を果たすには、自閉症の特徴が不可欠であると思われる。日常から目をそむけ、何者にもとらわれることなく新たな創造をなせる能力であるかもしれない
アスペルガー医師のビジョナリーなコトバだ。
技術と科学の時代、あるいは情報化の時代は人の能力のあり様に新たな変化を生み出した。あるいはこれまでとは異なる淘汰圧を生じさせた。
「もの」あるいは「記号」の扱いへの習熟というべきか。「もの」とは切手でもカメラでも銃器でもフィギュアや鉄道など人工物でありうる。
その延長上に昆虫や恐竜、植物があると考えてもいい。科学的な構成物としての自然も記号化されて人工物となる。
科学技術文明に早くも適合した、あるいは特化しすぎた能力を獲得した人々の出現が20世紀に始まりだしたといえる。オタク=自閉スペクトラム症だと主張しているのではない。現代文明に適合すべく能力に淘汰圧がかかり、近接したシンドロームとして自閉スペクトラム症があり、オタクもある。
要するに、進化的に安定な戦略としてアスペルガーやオタクはあるのだというのが自説である。
もちろん、どのような淘汰圧がかかっているかはなんとも説明しようがないのは認める。キーボードを叩く前からプログラミングの天才児が増えている、その理由などは簡単に説明できそうにもない。
しかしながら、野山を遊び場とするよりはスマホや大画面テレビやゲーム機に晒されて育つ子どもたちの遺伝子はエピジェネティクス的に変容しているのかもしれないが、誰にとってもその原因や未来は不可知の雲のなかにある。
【参考資料】
- 作者:スティーブ・シルバーマン
- 発売日: 2017/05/17
- メディア: 新書
自閉症の家畜学者であるテンプル・グランディンの自伝。オリバー・サックスの紹介で有名人になった。
- 作者:テンプル グランディン
- 発売日: 2010/04/22
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
アメリカのオタクを描いたTVシリーズ「Big bang theory」。こちらは理系の優秀オタクの言動を笑うコメディだ。シェルドンは大人気なのだそうだ。
Seldon and penny best scenes | The big bang theory | part 1