サイエンスとサピエンス

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『モビーディック』の謎

 メリヴィルの代表作「モビーディック」の神秘的物語はいくつもの解釈を生んだ。
私もなんども読み返し、この捉えどころのない茫漠たる海洋小説に浸ったものだ。
だが、自説を組み立てるまでにはいかなかった。
 モビーディック=白い巨鯨は何を意味しているのであろう? 悪の象徴か? エイハブの妄念が集団幻想を生んだのか? はたまた、世界の盲目的意志か?

 英国文学者ロレンスの解釈が面白い。白鯨に白人のコンプレックスを、それも白色人種の最深奥にひそむ血の実体をみた。エイハブが自分の肉体(片足)を取り戻そうとして破滅することにもロレンスは、象徴を見出す。白人種は身体を近代文明になかで喪失し、それを回復しようとする試みが、白人をリーダとするピークゥード号の最後の航海なのだ。
 メリヴィルは自分の属する人種が滅ぶ運命にあると予感していた、とロレンスはこともなげに断定する。
 エイハブは自分の創り上げた仕組みをモビーディックとともに滅ぼす。そうしたところにロレンスは破滅の美学をみてとったのだろう。
 語り手のイシュメイルはユダヤ人とみなせる他、ピークゥード号の乗員構成が、いたってインターナショナルなのである。
 キリスト教世界の破滅の予兆を描いたのかもしれないとも思うのである。

エイハブ船長
フェデラー
スターバック
クィークェグ
スタッブ
タシュタゴ
フラスク
タグー
カバフ
アーチィ
イシュメイル
バルキントン
タヒチ島の水夫
英国人の水夫
ポルトガル人の水夫
マルタ島人の水夫
フランス人の水夫
マン島の水夫
デンマーク人の水夫
スペイン人の水夫
ロング・アイランドの水夫
支那人の水夫
アゾレス島人の水夫
シシリア島人の水夫
聖ジェイゴの水夫
ベルファストの水夫
ナンタケットの水夫5人
拝火教の水夫4人
鍛冶パース
船大工
羊毛黒人料理人
ピッブ
団子小僧

 黙示録的に解釈するならば、ピークウォド号は西洋文明により形成された世界の象徴である。世界の民族文化はその「世界」に乗り合わせ白人種の作り上げた「妄念」に従い自然を悪とみなして自己破滅に至る、そうした悲劇の予感を描いたのだといえないだろうか? 
この船の名前は白人に絶滅させられたアメリカ・インディアン部族名であるのも傍証であろう。

 メリヴィルの航海体験は母なる自然に抱かれた南海の楽園を経由している。後年、文明社会に戻って感じたギャップに絶望感をもったのではないか。最晩年の遺作『ビリーバッド』は善が現実のまえに押しつぶされる光景を客観的に描いたものだった。



アメリカ古典文学研究 (講談社文芸文庫)

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 このメリヴィル論のほかにクーパー論も興味深い。

 アメリカ映画。この名画でグレゴリー・ペックは役幅をおおきく広げる。