サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

科学史の隠れ名著

 科学史の有名な本というと山本義隆氏の著書などがある。あるいはダンネマンの浩瀚な『大自然科学史』が代表だろう。
 あまり知られていない、けれど個人的に大いに学んだ隠れ名著をここで数冊紹介したい。
 シュテーリヒの『西洋科学史』は、あの現代教養文庫の隠れ名著だった。
全五巻ながら、西洋科学の流れをきわめて懇切丁寧に要領よく解説してくれた。しかも、文庫サイズなのに図版が大きめだった。
 ディーゼル機関の発明者の肖像なんてのは、この本で初めてお目にかかった。まことに古き良き時代の教養書でありました。
 社会思想社はすでにないけれど、その恩恵をここに顕彰しておきます。

西洋科学史〈1〉揺籃期の科学 (1975年) (現代教養文庫)

西洋科学史〈1〉揺籃期の科学 (1975年) (現代教養文庫)

西洋科学史〈4〉科学の大転回 (1976年) (現代教養文庫)

西洋科学史〈4〉科学の大転回 (1976年) (現代教養文庫)

 岩波書店のメイスンの『科学の歴史』二巻ものにもお世話になった。これもそれほど多くないページにぎっしりと科学の事件と科学者のことを記している。

科学の歴史〈上〉―科学思想の主なる流れ (1955年)

科学の歴史〈上〉―科学思想の主なる流れ (1955年)

なぜ、科学の歴史なのか?
 それは20世紀という科学技術の急激な成長の世紀をうけて、21世紀はその後始末をしなければならないからだ。
 素粒子物理学は観測装置の限界にぶち当たり、核開発と原子力は核拡散or放射性廃棄物の処理過程で躓いた。宇宙開発は有人月着陸以降の次を踏み出せないでいる。生命科学遺伝子工学を編み出したが飢餓問題を改善できない。
 総じて科学技術は環境問題を引き起こしたと要約できよう。
 これらをどうクロージングするか、をよく反省するのには「科学の歴史」をふりかえり、これからを考える必要があるのではないか。

 ついでながら、ホイタッカーの『エーテルと電気の歴史』はマックスウェルとファラデーを生んだ英国にふさわしい電磁気学の歴史書だった。ホイタッカーはエディントンを理論物理の最高峰(アインシュタインを差し置いて)としたガチガチのブリテン主義者だが、数理的な超秀才であったのだ。
 電磁気学は真に均整美のある体系なんだが、そこにいたるまでの知的な奮闘の歴史というのは、意外と知られていないものだ。

 

エーテルと電気の歴史〈上〉 (1976年)

エーテルと電気の歴史〈上〉 (1976年)

 
エーテルと電気の歴史〈下〉 (1976年)

エーテルと電気の歴史〈下〉 (1976年)

これも簡単には入手できない。図書館で借りるしか無い。

【原著のDL】
こちらにてパブリックドメインの英語版をgetできる。

ホイタッカーの「エーテルと電気の理論の歴史」(原著English)