サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

トランプ政権がもたらす科学研究中心の西漸(せいざん)?

  2017年7月号の日経サイエンスの論文『変わる世界の勢力図』を読んで思い出したのが、4年前の自分のブログ記事「科学業績の中心国の歴史地理的移動の傾向」だ。

 まず、キッカケとなった7月号の論文をかんたんに要約しよう。トランプ大統領の発言や政策に従えば、環境科学や省エネ技術、NIHなどの医療分野での研究開発費を削ぎ落としにかかることになる。
 しかし、それ以前に、中国の科学研究費は2016年時点でアメリカを凌駕している。日本やドイツなどは、とうに中国の研究費だけでなく発行論文数で第三位に蹴落とされている。中国はスパコン性能や宇宙開発でも存在感が増幅している。
 この6月に開通した高速鉄道「復興号」は時速400キロ以上が可能となったが、一つの象徴的事件である。
そういう事実を報告して、トランプ政権の登場は科学研究自体の危機を顕在化したのだと主張している。
 
 それはともかく、むかしのブログにに戻る。科学史家の湯浅光朝は1960年頃に

1)『科学技術史年表』1956年刊(平凡社)の重要な科学的発見年を国別に集計
2)ウェブスター『人名辞典』1951年からの科学者抽出。湯浅は4万枚のカードを作成したという。
3)ノーベル賞の科学分野の国別年代別カウント

 という三個の指標でもって、欧州から米国への科学研究のシフトを結論付けた。
そして、「大体、2000年にアメリカの科学研究は衰退期に入るとしている」のだ。
 つまり、その予測が遅れて日の目を浴びだしたのかもしれない。だが、かりに1)『科学技術史年表』や2)ウェブスター『人名辞典』の21世紀版があったとしても中国人の科学者名はそれほど増えてはいないと思う。
ましてや3)ノーベル賞の科学分野では中国の台頭はまったく見えていない(現在の研究の効果が出るのは10年以上先だろう)
 だが、米国のこれまでの科学技術の生産性を中国が超えることは有識者の誰も期待していないというのも事実だ。
例えば、第2次大戦で起きた欧州からの科学者の亡命は起き得ない。それがアメリカの科学の興隆をもたらした。むしろ、自由社会を求めての頭脳流出の機会のほうが今後も大きいのだ。

今日の仕事は活動しつつある大きな創造ではなく、保存、完成、醇化、選択という巧みな小仕事である。それはまた後期ヘレニズムのアレキサンドレイヤ数学の特色でもあったのである。

 シュペングラーは科学研究の夕暮をこのように描いた(正確には「数学研究」だが)
100年前の歴史家の展望が中国の科学技術研究の趨勢を予言しているのかもしれない。

 こうしたことから、科学研究全体がSunsetを迎えたと観る識者もいる。現代文明における科学の勃興というのはピークを過ぎたのだというのだ。つまり、科学研究の西漸(せいざん)はありえない。21世紀は科学の衰退の始まりであった、テクノロジーは新大陸でこのまま燻りながら緩やかに衰退するのだ。そういう説を唱えている歴史家もいるのにはやや肌寒さを覚える。




【参考文献】

そもそもの日経サイエンスの論文の出処はここであります。

 湯浅光朝は科学史学会の会長も歴任した。伝説の中央公論社自然選書で本も出ていた。自分は上巻のみ保持している。

日本の科学技術100年史 上 (自然選書)

日本の科学技術100年史 上 (自然選書)

日本の科学技術100年史 (下) (自然選書)

日本の科学技術100年史 (下) (自然選書)


元ネタ本

日本の科学/技術はどこへいくのか (フォーラム共通知をひらく)

日本の科学/技術はどこへいくのか (フォーラム共通知をひらく)

最近売れているシュペングラーの本。

西洋の没落 I (中公クラシックス)

西洋の没落 I (中公クラシックス)