サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

頻発する地震の行方

 東日本大震災からこの方、あちこちで震度5震度6クラスが頻発する異常事態とあいなった。相変わらず地震予測は無力なままである。震度5,6など予測する価値もないのかもしれない。もう忘れられたが栃木や琉球弧でも震度3クラスが起きている。
 再来の危機が高い東南海大地震や首都直下型地震については、「来るぞ!来るぞ!」といつものように叫ばれる。それも関東大震災の69年周期説が戦前に地震学者が提唱してから半世紀は閲した。
 来るのは間違いはないだろうが、そんなことは学者に言われずとも国民は十分感得したというべきだろう。
 そんな愚痴を書いておってもしょうが無い。ここは寺田寅彦の格言を援用して、ひねくれた主張をしてみたい。
 ご存知の『天災は忘れた頃にやってくる』だ。愛弟子の中谷宇吉郎によれば、寺田はこの格言を書き残していないのだそうだが、それはどうでもよい。
 この格言の的確なことは凡百の地震予測にたち勝っているのを指摘しておきたい。この度の淡路島の震度6にしても、三宅島や宮城沖の震度5にしても、誰も指摘も予測もしていなかったであろう。
 そうなると東南海大地震や首都直下型地震は、「来るぞ!来るぞ!」といっているうちはこないであろう。
 社会が注目している地域には大地震がやってこないと言えそうだ。
つまり、こうなる。

 天災は注目された地域にはやってこない

 フランスの哲学者ベルグソン地震の初体験(アメリカ西海岸で)を書き残している。地震はまるで生き物のように感じられたそうだ。さすが生の哲学者だ。日本の庶民が長き伝統から鯰の体動を地震の正体としたように大地の身震いを感じ取った。
 ひょっとしたら地震はそうしたトリックスター的な生きもので、ひそかに人智を嘲っているのかもしれない。