サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

科学業績の中心国の歴史地理的移動の傾向

 20世紀、科学の中心地は大まかにヨーロッパからアメリカに移動した。それを実証的に示したのは湯浅光朝という科学史家である。それ以前にもイタリアからフランス・イギリスへ、そしてドイツへと中心地は次第にシフトしていた。
 以下、中島秀人の要約を要約しておく。
 三個の指標でもって科学者の西への移動を数値化した。
1)『科学技術史年表』1956年刊(平凡社)の重要な科学的発見年を国別に集計
2)ウェブスター『人名辞典』1951年からの科学者抽出。湯浅は4万枚のカードを作成したという。
3)ノーベル賞の科学分野の国別年代別カウント

 こうして定量化しておくともう少し法則地味た発言ができる。各国の科学の繁栄期の平均は80年程度であることなどだ。 ロシアがどうだ、アジアはどうかなどという話はネタがないので今は省略する。
 いかんせん1950年代までの情報でのトレンド予測なのであるが、この湯浅研究からして何が言えるだろうか?
 概括的にはこういえよう。21世紀初頭、アメリカは未だ中心地であるように見える。イスラエルや日本も台頭はしたが、それは周辺的なポジションでしかない。イギリスとドイツは健在だ。中国やインドなど他のアジア諸国もそうだろう。そして、中東やアフリカは圏外のままだ。
 大体、2000年にアメリカの科学研究は衰退期に入ると中島秀人はしている。だが、その移動先が見えないのが気になるのである。アメリカの地位を引き継ぐのはどの国か、地域か?
 日本ではないほぼ断言できる。韓国も旬は過ぎていくようだ。
では、中国か? どうもそれは違うような気がしてしょうが無い。

 もう一つの感想は上記にあるような『科学技術史年表』、『人名辞典』、ノーベル賞という素材が同じ価値と重みを伝えるかという問題もある。20世紀前半のような基礎的かつ応用範囲が広大な科学研究というのは21世紀にも発生しているかどうかの指標にはなりえないと思うのだ。

科学技術史年表 (1956年)

科学技術史年表 (1956年)

日本の科学/技術はどこへいくのか (フォーラム共通知をひらく)

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