サイエンスとサピエンス

気になるヒト、それに気なる科学情報の寄せ集め

モノマネ技術大国日本へのサッチャーの批判的発言

 30年以上も前の古い話で始まる。
 1982年にサッチャー首相が来日してNHK番組に出演した。
その時の発言。
「日本のロボットエ場を見学してみてわかったのです
が、その製品には何も偉大な新原理が存在するわけで
はありません。機械的な原理やコンピューター理論は、
すべて知られているものであって、日本人はそれらの
原理をさまざまに組み合わせて今までだれも為し遂げ
なかったものを作り出したのです」

 彼女は英国の科学技術の偉大なる業績を自慢する。

「世界初の原子力発電所、コンピューター、ジェット
エンジン、レーダーなどどれも英国人がその原型を生
み出したものです」

 かなり慇懃無礼な物言いだが、鉄の女弁護士に誰も反論はせず
同席の日本男児は相づちを打つだけだったという。
 経済大国を謳歌していた1980年頃の昔の一挿話ではない。
 最近ではNHKの朝の連続テレビ小説『マッサン』についてもスコットランドのウィスキー製造をモノマネしたと厳しい批判があった。また、日立がイギリスから鉄道車両を大量受注するという出来事もあり、イギリス議会では鉄道発祥の地であるプライドに関する討論が噴出したこともあった。

 今でもこれは通説になっている。
 日本は応用力があるがオリジナリティがなく、欧米人(とくに英米圏を念頭にして)が基礎科学に強くオリジナリティがあるという主張の類型であろう。

 これは概ね異論がないのであるけれど、開国開化して百年かそこらの島国とヨーロッパ文明圏(バビロニア/シュメールからエジプト・ギリシア・ローマおよびアラビア)の科学技術の伝統を比較するのは、不公平でないだろうか?

 それに加えて、1980年代以降のイギリスはどのような基礎科学を生み出したかを俎上に載せるのも面白いだろう。
 物理学では、素粒子論では1980年台にはCERNでのクォーク発見やヒッグス粒子などがあったが、イギリス単体ではない。ただし、ヒッグスは英国人である。
 生物学では1996年にスコットランドの研究所でクローン羊を生み出した。

別の出典から引く
1985   フラーレンC60の発見(カール=英国人ほか)
1986   高温超伝導物質(ベドノルツ=ドイツ人ほか)
1987   超新星1987Aからニュートリノ検出(日本)
1993   シングル触媒によるポリエチレン製造
 
 その他のリソースをあたってみたが、こんなものだろう。なるほど世間の耳目を集中させるような天才肌の学者は英国には事欠かない。だが、ホーキングの理論は検証済みではないし、量子コンピュータドイチェなども飛び抜けた存在ではない。

 ということで、この40年間での英国の偉大な伝統はヒッグス粒子フラーレン、クローン羊と高温超電導が顕著な「基礎科学」の貢献を提供したということだろう。
 そうなると小柴のニュートリノ検出や光触媒に山中iPS細胞、カーボンナノチューブの飯島などで、モノマネ日本と英国はほぼ同じくらいのカウント数になるのではないだろうか?

 だとすれば英国人の「オリジナリティ」なるものは、だいぶ色あせてきた感がある。

 それに、「基礎」科学的な発見なるものは、どうやら1970年ころまでのそれとは異なり、かなり「応用」的になっているようなのだ。どこまでが「基礎」とするかは怪しいのだが。
 21世紀になってから、15年。相対論や量子力学に並ぶような「基礎科学」は生じていない(ようだがどうであろう)
 「基礎」の発見には時代性があったというべきではないだろうか。
 つまりは、サッチャー元首相のような見解はかなり限定された時代精神の産出物だったのだと断言できる日も遠くはないであろう。

 「近代科学」なるものがどれほど多くをエジプトや中東、ひいては中国に負っているかを発見したのは「科学史」だった。ニーダムは宋代までの中国の科学技術的な優位を例証した。

思想史のなかの科学 改訂新版 (平凡社ライブラリー)

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近代科学の源流 (中公文庫)

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ニーダム・コレクション (ちくま学芸文庫)

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