ロシア・コスミズムあるいはロシアの宇宙的思想が再評価されたのは1970年台というが、自分がその片鱗を知ったのは西海岸のネットカルチャーの走りであるマイケル・ハイムの著書からだった。今から20年前だ。
彼の『仮想現実のメタフィジックス』(1994年)に『スター・トレック』のジーン・ロッテンベリと並べて、モスクワのソクラテス、ニコライ・フョードロフが論じられていた。
その思想のエスキスはこうだった。
死せる全ての祖先の復活ということ、それのみが宇宙空間を含みた全宇宙の探検に人類を動員するほど高尚な理想なのだ、という思想をフョードロフはロシア正教から導き出した。
「ロケット工学の父」コンスタンチン・ツィオルコフスキー (1857年-1935年)もその影響下にあった。そして、この図書館の隠者はトルストイとほぼ同世代だった。
ロシア・コスミズムの思想を桑野隆に従って要約すれば、
1)人間と宇宙の進化における人間の重要性
2)新しい生命の創造
3)不死の追求
4)死者の物理的復活
5)SF的出来事の真剣な科学的研究
6)宇宙全体の開発と植民地支配
7)「ヌースフィア」という惑星規模の精神圏の出現
『20世紀ロシア思想史』
例えば、アレクサンドル・ボグダーノフは輸血による若返り実験のさなかに亡くなった。この人はレーニンの向こうを張ってマッハ主義に染まったり、エコロジカルな思想を持ったりした御仁でもあった。
なんといってもキリスト教(ロシア正教)の伝統はロシア・コスミズムに深く染み込んでおり、人間中心主義かつ自然界は人間に従属スべしというスタンスだ。
しかし、西欧諸国の思想と異なるのは「自然科学」は「宗教(ロシア正教)」と対立するものではなく、人間が宇宙を支配するための必須かつ本質的な手段であり、人間の枢軸的な叡智集合体であると捉えていることだろう。ユーラシア大陸の広大さと自然を感じさせる雄渾なビジョンだと思う。
フランスの人類学者テイヤール・ド・シャルダンは時代的にもロシアの精神的な兄弟というべきだったわけだ。
この思想は今や西欧に逆流してネットカルチャーに浸透している気配がある。大体、東アジアはこの手の破格な思想構築は苦手だったので無理もない。
それを先日も再確認したのだけれど、ハンヌ・ライアニエミというイギリスの俊英のSF小説『量子怪盗』だ。ワイドスクリーン・バロックよろしく先端技術のギミックとアイデアのバラエティーショーとルパン張りのアクションの大作。
こんなモノは多分、東西のSFファンの一部にしか読み込めないし、のめり込むのも難しい。SNS世代には不向きな小説の典型だろう。そこでフョードロフの思想もギミック化されていたのが印象的だった。
何れにせよ、欧米圏のネットカルチャーやIT企業はいろんな根っこを持っている。
カウンターカルチャーやエコロジカルな思想、不死性の追求、マリファナなどのドラッグ趣味やらニューエイジから養分を吸収してたりする。
例えば「Doors」という有名な要件管理ツールのネーミングは米国の伝説のロックグループに由来するのだが、大本はハクスレーの『知覚の扉』だったりするわけだ。
東アジアのネット世代はそんな根っこのバックグラウンドがあるとはつゆとも知らず、情報化社会の果実を享受しているのだ。なんか複雑な気分。
【参考資料】
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