ドイツ軍の暗号エニグマ解読で活躍した数学者チューリングやロス・アラモスで原子爆弾製造に従事したオッペンハイマーなど多数の物理学者や化学者、工学者の存在は、よく知られている。
軍事科学に貢献する存在は20世紀に始まったわけでもなく、ナポレオン時代のモンジュやフーリエ、イタリア・ルネサンス期のレオナルドなど、かなり継続的な伝統だった。
ローマ時代ですら偉大な将軍には多くの工兵隊と優秀な工兵士官がいたのは確実だ。例えば、カエサルがゲルマニアで大活躍した頃、対岸で蛮族の見守る眼前で巨大な河川に橋梁を即座に組み立てて、しかも、渡橋することなくその巨大な橋梁を撤収してみせたことなどが有名だ。
ただ、工学技術者は名前が後世に知られるかどうかの差しかないのである。
アルキメデスこそは、有史にあって、諸子百家の墨子と並んで防御技術に長けた天才的工学技術者であった。しかもなお、その原理的な研究書が残っている点で、古今東西の技術と数理科学の始祖の座を独占している。
20世紀になってイスタンブールでドイツ人ハイベルグにより発見された『方法』は「仮想的天秤」という道具を幾何学に持ち込んで球の体積や放物線の面積を厳密に導く手法が、アルキメデスの画期的業績の背後にあったことを科学技術史に付け加えた。それは驚異的な手法といえる。
誰も想像したことのない機械技術と幾何学の融合なのだ。
『方法』において、ローマ軍によるシュラクサイ攻防で大活躍するメカの秘密をも垣間見ることができる。テコの原理とアルキメデスの原理を自家薬籠中の物として人物にかかれば、ローマの軍船の重心をたちどころに制御して転覆させるなどは、アルキメデスには朝めし前だったろう。
さらに加えて、『浮体について』『釣り合いについて』など海洋王国シュラクサイの艦船製造にも貢献したはずの著作が残る。その造船技術や船体の安定化の静力学的な解析を逆に利用するだけで、艦船をひっくり返すクレーンを生み出せる。
仮想的天秤は軍事技術として実用的な防衛兵器にもなっていたと考えることができるのだ。
ところで、『方法』の写本は21世紀になっても話題を提供することになる。日本人の研究者、斎藤憲氏もからんだ『解読!アルキメデス写本』のエピソードの主役になるのだ。
【参考書】
アルキメデスの生涯と業績の最先端の研究成果を集約した本がある。
- 作者: 斎藤憲
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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いささかドラマチックな『方法』の写本の発見と解読の顛末。
- 作者: ウィリアム・ノエル,リヴィエル・ネッツ,吉田晋治
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2008/05/23
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古典的なヒースの『方法』の英訳本は手軽に読める。ただし、20世紀始めの解読本だ。
【T.L.Heath 編訳 『THE METHOD OF ARCHIMEDES』pdf】
古典的なヒースによるアルキメデス著作の英訳本。