進化論者のチャールズ・ダーウィンは『種の起源』以外にも重要な研究を行っている。
どれもが生物の本質解明を目指した重要な研究だった。凡打なしの研究を生涯にわたって継続できたというのはなぜだろう?
進化論の提唱以外にも珊瑚礁の成因、ミミズの土壌への影響、蔓巻植物、フジツボ、ダーウィンフィンチの種、動物の表情、性淘汰などなどキラ星の如くだ。
天才だったから?
素晴らしい計算力や語学力のような幼少時代からの天分を物語る証拠や逸話はあまり無いようだ。医者を目指した最初の大学は中退してるくらいだ。次の神学を志した大学では虫山蝶太郎になって、山野をタムロして、博物学に転向している。
むしろ、彼の天分は持続的な努力と着眼点にあったといえるかもしれない。
研究環境が恵まれていたから?
これは幾通りかの意味で正しいのではないだろうか。
先ずは、グローバルヒストリー的な背景とイギリスの立ち位置がユニークだった。
当時、大英帝国は世界の七つの海をまたにかけ、植民地支配を拡大していった。その統治手段として「博物学」や「地理学」はきわめて高いポジションにあったといえるかもしれない。
ピーター・バークの『知識の社会史』を紐解けばその近代的な知のガバナンスが経済力や軍事パワーと三位一体をなしていたことが了解できる。イギリス海軍のチェロキー級戦艦『ビーグル号』は帝国的な知の情報戦艦として世界を周遊したのだ。クック船長の世界周遊に遅れること50年であった。
その収集物は帝国の知の集成として在庫リスト(博物学や博物館)に記載/収蔵されることになる。その副産物として「進化論」が生まれてくるのだろう。
それを可能ならしめたのは大英帝国のパワーであった。
学芸の組織化はそのパワーの一つの現象だった。同時代人をみてもらいましょう。チャールズ・ライエルやウォーレスがいる。ファラデーやマクスウェル、ハーシェルもいる。
イギリスのアカデミーは王立科学協会つまり、ロイヤル・ソサイエティ(Royal Society)はきわめて高いステータスを誇っていた。また、宗教からの束縛も強くはなかった。ダーウィンその人も最初は忠良なる国教会の信者としてスタートし、ビーグル号での見聞と研究によりその信仰に疑念が生じ、創造神の信条についてはやがて放棄にいたる。当時の世論はそれを非難するが迫害などありえない状況だったし、その学説を許容したのだ。
もちろん、才能のある家系としてのダーウィン家の血筋とその経済力は無視できない。
チャールズは裕福な医師で投資家の父から豊かな援助を受けることができ、また、妻は陶芸業で財を成したウェッジウッド家出であった。大学や研究機関に依拠しないでチャールズ・ダーウィンは研究に身を捧げることができた。この時代にはそういう研究者はいくたりもいた。
つまりは、勃興期にある国家と社会と学問の時代にダーウィン一族がおり、そのなかでも特別な才幹と努力の人としてチャールズ・ダーウィンは世界各地から標本を取り寄せながら自由に好きなだけ研究に時間を費やせた紳士階級の学者だったのだ。
イマドキの世知辛い研究者の生きる世界とはおそるべき相違である。これが研究主題の奥行きに大きな制約になっているのだろう。
自分が言いたかったことは、この最後の一点だ。フジツボの分類に8年間も没頭できるような学者は21世紀にどれほどいるだろうか?
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