1996年3月のイギリスの狂牛病(BSE)騒動は社会的な過剰な反応の代表例とされる。そのヒトの脳への感染の結果としてCreutzfeldt-Jakob disease (CJD)=クロイツフェルト・ヤコブ病を引き起こす。
クロイツフェルト・ヤコブ病は精神症状と高次機能障害を誘発し、数年で死に至る病である。その症状はたしかに恐ろしい。
当初ありえないと反対が多かったプリオン蛋白が引き起こす類まれな病気であることもはっきりしている。「類まれ」というのは百万人に一人が感染源に接触することで羅患するということである(かなり乱暴な表現かもしれないが、疫学的にはそんなことであろう)
かくて、2001年までにイギリスでは100名程度の発症が確認されている。一年に20名である。
この騒ぎの結果、440万頭の牛が処分された。おそらくは大半は無実の罪で屠殺されたのだ。過剰な反応、少ないリスクに対して損失が過大すぎる処置が取られるのは、昔風に言えば「マスヒステリー」であるが、経済心理学が用いるより理性的な表現では「アンカー効果」といえよう。
直前に示された状況=初期値によって、不確かな出来事への対処や判断が大きな影響を受けやすくなるといでもいえようか。それに社会心理学でいう「同調」を重ね合わせれば、ショッキングで先例の少ない出来事が人びとのリスク判断を著しく偏ったものにしてしまうことは、当たり前といえば当たり前なのだ。
しかしながら、こうした学術的な概念で「福島原発事故」とその後の原子力施策への人びとの心理を語ろうとすると、とたんに非合理的な反応が返ってきたりする。
ここで結論めいたものに飛躍する。直前もしくは目前で起きた巨大事故は通常の国家理性や民主主義手続きで適切に対処するのは困難であるというのはありそうなことだ。
そこで『シン・ゴジラ』だ。
この映画の特色は国家=権力の中枢機構から、不確かで巨大なリスクに対処する物語という点にひとえに所在する。福島原発事故で起きたことそのものズバリだ。日本人はその出来事をリアルタイムで報道を体験した。
首相やその統治機構の通常の国家運営機能は、ほぼ判断停止に追い込まれる。
だから、ハズレ者ばかりのタスクフォースが編成されたり、黒船効果で在日米軍が介入することになる。市民の意見などはこうした状況ではほぼ無視されるのが常だし、おそらく対処策のノイズにしかならないであろう。
所詮、エンタメはエンタメである。和風サクセス・ストーリーなのでハズレ者ばかりのタスクフォース=オタク・グループが超生命体ゴジラを倒すソリューションを導出し、自衛隊戦力と鉄道力と建設パワーを統制して有害事象を凍結するまでに至るのだ。
まあ、この映画の制作陣が言いたいことというのは、すなわち通常の権力統治機構や民主主義手続きでは「不確かなリスク」には無力であるということだとすれば、自分はそれに限っては同意するしかない。
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ナチ政権に歩み寄った第一級の政治的理性(カール・シュミット)の説明も「シン・ゴジラ」の参考にすべき。
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