サイエンスとサピエンス

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科学技術大国 中国像の変遷とその近未来についての推察

 中国の科学技術の著しい躍進のニュースは2020年にも多かった。間違いなく引用回数での科学技術論文の数はアメリカの次に位置しているだろう。何よりも若い研究者の優秀さと層の厚さは、今後の進展を保証している。

 技術開発のパワーについては、言うまでもない。例えば、ビジネス誌Wedgeの2018年2月号 中国「創造大国」への野望では、「ハードウエアの聖地・深センものづくりエコシステムの正体」などが記事となっている。

 この現象は10年前くらいから進行していた。かなり以前より、秋葉原の電子パーツはメイドインチャイナで埋め尽くされていた。ITと電子機器の調達の自在さから、ベンチャーやスタートアップ企業が陸続と出現する驚異を取材しているわけだ。

 しかし、その時々でのニュースは単純な知識でしかない。

 中国の科学技術は我らにどのような影響をもたしているか、これからどうなるかを考えることが重要だ。

 過去数十年にわたって、日本は中国の変遷をレポートしていきている。それを時系列に並べてみるのも、いくばくかの洞察を与えてくるだろう。

 その初っ端は、赤木・佐藤 『中国の技術創造』自然選書(1975年)だ。その内容はほぼ前時代的な技術トピックスのリストである。

 油田、防治塩、用水路、化学肥料工業、一万二○○○トン水圧プレス、針麻酔...

文化大革命の余塵が残る時代の土木事業と農業生産、素朴な伝統医療が、新生中国の課題であったわけだ。

 これが21世紀も10年経過した頃のレポートになると様変わりだ。

伊佐進一 『「科学技術大国」中国の真実』 講談社現代新書(2010年)と
林幸秀 『科学技術大国 中国』中公新書(2013年)となるとほぼ同時期のレポートとなってくる。

 どちらも、先進技術分野で躍進著しい中国をレポートしている。しかしながら、両者とも釘を刺すことを忘れていないのが共通だ。それと中国との協力体制を模索しているのも同じだ。

 10年前の時点で、世界での科学技術論文の被引用数の上位シェアで中国は日本やドイツを追い抜いている。だが分野別の科学技術力という専門家評価では、電子情報通信、バイオ、医療、機械、エネルギー、環境、建築などどの分野でも欧米、日本などの後塵を拝している。

 スーパーコンピュータの評価を取り上げよう。

 2010年の世界ランキング20に3つの中国製スパコンが入ったのは事実だ。しかし、その内実は、「ただ演算速度が速いだけで、その設計に何ら新規性や創造性がなければ、何のために開発しているかがわからない。中国のペタ級スパコンの開発は確かに世界を驚かせたが、計算機工学の観点からすれば、技術的には脅威とは言えないものである」

 あるいは、巨大な天体観測施設LAMOST

「撮影した画像上の銀河四〇〇〇個にそれぞれ光フアイバーをつなげて、銀河一つひとつのスペクトルデータを蓄積するという、世界に類を見ないユニークな望遠鏡である」で新機軸であるのは確かである。

 その設置場所が最悪の選択としか思えない。「黄砂の通り道でもある。環境条件からは天体望遠鏡の建設地たりえない場所であった」

 これは立地に関する政治圧力の存在があるだろうとしている。

 

 総じて言えるのは、いびつな発展だ。

 質の高い多くの論文は中国人が得意であるのは間違いない。であるが、スーパーコンピュータや天文台などの巨大科学の施設は、政治と見栄というバイアスがかかっており、パフォーマンスが発揮できていない。いわば箱物行政のモニュメントになっていることが示唆されている。

 香港の状況などから明らかだが、中国共産党の批判を許さぬ独裁権力は、科学技術の発展の歪みを増長こそすれ、低減することはない。その研究費用配分や設備投資は非効率さを増大させてゆくことを予想して、間違いないであろう。

 

 より一般的には独裁権力下では科学技術の発展を阻害する傾向は、歴史的にも事例が豊富だと考える。

 例えば、1970年以降後期のソ連とロシア、1930年からヒトラー政権下のドイツは典型だ。ソ連は初期は数学・物理などで超一流の人材がいたが、後期の有様はみすぼらしい。ヒトラー政権以前のワイマール共和制時代のドイツ科学界は綺羅星のごとく逸材がいた。しかるに、ナチ政権下ではもぬけの殻同然になった。

 この両者の例は極端に過ぎるかもしれない。

 しかしながら、スパコン開発やiPSなどの高度医療研究、宇宙観測や核融合エネルギー研究など先端科学の開発体制が巨大化した今日、膨大な予算を費やす科学組織は「官僚化」「既得権益化」に直面している。

 組織疲労の罠は巨大組織につきものだ。それを検閲する有力な仕組みが「言論の自由」である。内部からの不正暴露や外部から批判できるような仕組みが必要なのだ。

 明らかに中国の研究体制には「チェック機構」「第三者検閲&評価」が脆弱であり、それらが機能不全を起こしやすいのは上記の2010年代のレポートで顕在化している。上記のスパコンの例ではLINPACKというスパコンベンチマークでの成績向上しか

中国の開発者は念頭になく、利用率向上にはつながっていないという指摘がある。その中国での評価は世界のランキングで上位になるということだけを狙った。これは明らかに中央政府に対する研究者管理組織の自己顕示的な成果主義の生みだしたものだろう。

  もともと国家自体が官僚主義化の権化である。その統治下にある組織もまた、権力を一極集中するだろう。このような組織はたやすく硬直化し、創造性を枯渇させるであろう。

 上記のようにに推断することはできる。しかし、量的な投資に性能が比例するような技術分野(AIや高集積度の半導体など)はその限りではないかもしれない。

 

【参考文献】

 

「科学技術大国」中国の真実 (講談社現代新書)

「科学技術大国」中国の真実 (講談社現代新書)

  • 作者:伊佐 進一
  • 発売日: 2010/10/16
  • メディア: 新書