サイエンスとサピエンス

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空爆兵器 飛行船ツェッペリン号

 組織的な空爆第一次世界大戦で始まった。その陣頭にたったのがツェッペリン伯爵とその名を冠した飛行船であった。
 1915年1月、初めての英国本土爆撃が軍事戦艦「ツェッペリン」L3号とL6号により敢行された。ツェッペリン伯爵は産業施設を徹底的に叩くことを主張したという。
 同年、4月には陸軍のL9号(LZ 36号)、5月には海上で四隻の英国潜水艦を爆撃、6月には1000キロ爆弾を投下しかなりの被害を与えている。だが、それ以上にイギリス国民への心理的ダメージが多大であった。孤立した島国に戦禍は無縁だという信念が崩壊したのだ。
 しかし、イギリス側もフランス製高射砲や航空機による迎撃、バルーンによる都市防御網など対策を矢継ぎ早に実施し、戦争末期には飛行船の損傷率は高まる。

 関根真一郎によれば、ドイツ敗戦までの損得勘定は以下の通りとなる。

戦時中、海軍ツェッペソン型飛行船は六四機中一七機が事故、撃墜などで破壊され、海軍飛
行船による戦死者は三八九人に上り、捕虜になった者は一四七人を数えた。
陸軍では五〇機が戦争に投入され、内一七機が撃墜され、九機が事故で破損し、一九機が老朽化で解体された。五二人の戦死者、二一人の捕虜者を出した。一九一五年から三年間に出動した飛行船の英国爆撃回数は五〇回に上り、英国側の犠牲者は五五六人、負傷者は一二五七人に上り、英国側の損失は三〇〇〇万マルクに及んだ。

 ドイツの戦略は、当初の戦術及び技術上の優位性を維持できずに、同じ方法から抜け出せずに失敗に終わる。これはなんというか、第二次大戦でも「バトル・オブ・ブリテン」で同じことを繰り返している。

 ツェッペリン伯爵は戦争の帰結を知る前に死去している。だが、戦争の道具に成り果てたという汚点はやがて飛行船時代の幕引きの遠因になったのではなかろうか。
 最後の世代LZ130は全長220mの巨艦であった。大艦巨砲主義ではないけれど、ペイロードで勝負したのであろうか?
 LZ130、すなわちグラーフ・ツェッペリン("Graf Zeppelin")のモデル写真だ。


 この大戦が始まる前までは飛行船による大西洋横断航路があった。ドイツの科学と産業は旧世界と新世界の絆を生み出していた。アメリカのSF作家のフリッツ・ライバーはその当時への憧憬を『あの飛行船を捕まえろ』に晶結させた。ヒューゴ賞受賞作にもなったなあ。

 ゲーリングが登場して、新しいドイツ空軍を組織化するのは、次の時代の物語りである。

空爆の歴史―終わらない大量虐殺 (岩波新書)

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ドイツ空軍全史 (新戦史シリーズ)

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飛行船ものがたり

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 ちなみに「あの飛行船をつかまえろ」は枢軸国同盟がアメリカと平和的共存をしている1937年のパラレルワールドが舞台である。
 ドイツ系移民であるライバーはドイツ帝国が誇る飛行船がニューヨークの摩天楼に係留している異世界に一時的にトリップする。
 そこはマリー・キュリーとなるべき女性がトマス・エジソンとの間に生んだ天才的発明家が生み出した「驚異の電気社会」なのだ。ガソリンエンジンなどという邪悪な発明が普及しなかった世界。ユダヤ人迫害も人種差別もなかったパラレルワールドで、ドイツの偉業が讃えられる一瞬の幻想を主人公が体験する。
 日本もちょっとだけ登場するのがご愛嬌だ。

さあれ、地球の両端に位置するこの二つの同盟国が、かくも強い商業的、行動的連帯を有しているというのは、なんとすばらしいことだろう。

 それにしても、不幸な第二次世界大戦がなく平和共存が続いていたらというのは、日本人でもそう残念がる人は今でも多いだろう。

20世紀SF〈4〉1970年代―接続された女 (河出文庫)

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S-Fマガジン 1977年09月号 (通巻226号)

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 ところで飛行船ならぬ気球が空爆防止用に使われている。阻塞気球(barrage balloon)だ。飛行船の兄弟分のようだ。その記録写真を掲げておこう。なかなか奇妙な風景だ。